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八千代台
2013/05/31掲載
雑学のこばこ
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ウグイス嬢の誕生秘話
ジャンル コラム 雑学 コラム
生活 雑学
キーワード 雑学 ウグイス嬢 青木福子 元NHK職員
通常
「次のバッターは……」球場に美しい声が響きます。緊張をほぐすような明るい声に、いったいどんな人だろう? と男性でなくとも気になります。「ウグイス嬢」は野球ファンの女性には憧れの職業の一つなのです。
 大リーグは今でもそうですが、日本もその昔、球場アナウンサーといえば男性でした。それが、いつから女性になったのでしょうか。
 日本に初めてウグイス嬢が登場したのは昭和22(1947)年のことです。その年の4月10日、読売旗争奪戦で第一号のウグイス嬢になったのが青木福子さん。元はNHK職員でしたが、アナウンサーではありませんでした。しかも野球の知識はまったくゼロ。ボールがバッターに当たると、なぜバッターは一塁に歩くのか、そんな初歩的なことすら知りませんでした。関係者は頭を抱えました。しかし、もう日にちがないので、連盟や審判の人が詰めかけ、みっちり教え込みました。後楽園球場の放送室がひととき野球教室に模様替え。その甲斐あって半年後にはすっかりマスターし、スコアまでつけられるようになりました。
 そして、翌年の昭和23年には後輩の務台鶴さんが入ってきました。この務台さんも野球のことをほとんど知らず、子ども向けの野球ルールの本で勉強したそうです。黎明期の人たちはひとかたならぬ苦労をしているものですね。巨人のV9時代をかけぬけた務台さん、知る人ぞ知るという熱狂的なファンのいる最古参。30年以上も後楽園球場でウグイス嬢を務められました。
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