地域新聞社は、今年もエッセイコンテストを開催しました。
2021年、第13回の募集テーマは「ちょっとした秘密」。
「ちいき新聞」本紙で4月~6月に募集を行い、今年は336作品の応募をいただきました。
その中から、最優秀賞、優秀賞に選ばれた3作品をご紹介いたします。
このたびは、たくさんのご応募、誠にありがとうございました!

公開 2021/08/23(最終更新 2021/09/14)

最優秀賞「小石の秘密」
千葉県松戸市 森 惇さん
四月に小学生となった元気な次男坊。入学当時は、珍しく不安や緊張をしている様子だったが、しばらく経つと「学校って楽しいね!」と明るく話すようになった。親もようやく安心し始めた五月のある日、いつものように大きな声で「ただいま!」と次男が学校から帰ってきた。すると、一緒に下校してきた妻や四年生の兄を置き去りにして、慌ただしく私の部屋に走って来た。何事かと驚いていると、次男はポケットからそうっと丸い小石を出して、恥ずかしそうに言った。
「あのね、これ、石だと思うんだけどね…。そう思うんだけど、もしかしたら、恐竜の卵かもしれないんだ。でも、ママに見つかったら捨てなさいって言われるから、パパが持っててくれない?」
次男もほとんどそれは無いと思っているようだ。だが、もしかしたら…というロマンや夢を膨らませていた。私はそれが嬉しくて、次男の思いを尊重して受け取り、妻に内緒で保管することにした。安心した次男は、すぐに走って兄のいる子ども部屋へと遊びに行ってしまった。
あれから一週間近く経つ。あの日以来、次男はその話をしなくなり、私はもう忘れてしまったのかと思っていた。するとその日の夜、次男は私の部屋に一人で来て突然耳打ちした。 「あれさ、まだ持ってる?」
すかさず私が机から出して、「化石だったらいいね」と答えると、次男は嬉しそうに頷いて、部屋に戻っていった。後ろ姿はまだ幼くて可愛く映ったが、やがて次男も成長して、「もうその石いらない」という日がくるだろう。それでも、私はずっと取っておくだろう。次男の純粋な思いが詰まったこの小石は、私にとってかけがえのない宝物だからだ。
そんな親心に浸っていると、最近新しくまた丸い小石をこっそり私に持ってきた。さらに、その一週間後にまた一つ。うーん、いっぱいになってきたらどうしよう…。

森 惇さん
現在療養中なのですが、これまでは自分の病気について書くことが多く、妻に「読み手がほっこりできるものを書いてみたら」とアドバイスされ、子どもへの思いを素直に書いたこの作品が賞を頂けたことは、とても嬉しく励みになりました。次男は「僕のことが賞になったの!?」と喜んでいますが、これで小石の存在を知った妻は心底驚いていました。もう秘密じゃなくなっちゃいましたね。
優秀賞「楊貴妃に叱られた日」
千葉県船橋市 山県 美紀さん
今から六十年余り前の日曜日のこと。 昼食後、何やらいそいそと着替えた母が、今から父と出かけてくるので留守番をしていてね、と私と妹に言った。小学生だった私と妹は、どこに行くの、連れてって、と騒いだが、母は「ダメ」「ひ・み・つ」と言うだけだ。
父と母は喜々として連れ立って家を出た。心が治まらない私と妹は、二人がどこに行くのかを確かめようと、そっと後をつけることにした。罪悪感とスリル感で心臓が波打ったが、父と母は私達二人に気づくこともなく、語らいながら楽しそうに歩いてゆく。
三十分程歩いて隣町に着いた。二人が足を止めたのは、賑やかな商店街の中にある、小さな映画館の前だった。その日、そこで上映されていたのは「楊貴妃」という日本映画。 紫色の豪華なチャイナドレスに白い羽の扇を持った、京マチ子さんの妖艶で美しい、等身大の看板に圧倒され、身がすくんだ。その人の心を射るような目は、私と妹をじっと見つめ、「ここは貴女達の来る所じゃないわ、早く帰りなさい。」と叱られたような気がした。私と妹は妙に納得し、又すごすごと来た道を歩いて家に戻った。
テレビの無かったあの頃、映画は唯一の娯楽だったが、育ち盛りの子供が四人もいた母には無縁の日常だったことだろう。多分父と母にとっては結婚以来初めての二人きりの外出だったに違いない。 夕方上機嫌で帰宅した母は、「留守番をさせてごめんね。」と言って、子供達に今川焼のお土産をくれた。すぐ着替えた母は日常に戻っていた。私達はお互いに、どこに行ってきたかを、又それを知っていることも秘密にして、聞くことも語ることもなかった。
あの映画は苦しい家計のやりくりと、子育てに追われる母への、父からの精一杯のねぎらいだったのかもしれない。母はしばし現実を忘れ、夢のような世界を堪能してきたことだろう。

山県 美紀さん
「ちょっとした秘密」というタイトルを見た瞬間にこの出来事を思い出し、一気に書き上げました。昔はスマホもなければ家に個室もなく、すべてがオープンだったので、この出来事が私にとっては唯一の秘密でした。夫にも内緒で応募していたので、受賞のご連絡をいただいたときには「こんなことがあるんだ」と嬉しかったです。
優秀賞「大丈夫じゃない」
千葉県成田市 會嶋 宏視さん
「私がいなくなっても大丈夫よね」。 定年退職して数年が経った今でも、事あるごとに妻が言う。 その度に「ダイジョウブ」と応えていた。
夫婦共稼ぎをしてきたこともあって、僕は現役の頃からまめに家事をしてきた。部屋や風呂の掃除、洗濯物も干すだけではなく取り込みもしたり、時にはアイロンまで。また、家の外を掃いたり、ごみ出しも当たり前。もちろん妻に促されているわけではない。天気が良いと布団を干さずにいられないので、妻を労わるというよりも、むしろこれは単なる僕の性分なのだろう。 妻はそれを見越しながらも「ありがとう。もう私がいなくても大丈夫ね」と。そして僕は「ダイジョウブだよ」と。
ただ、僕はいろいろある家事の中でどうしても炊事ができない。手間がかからない簡単な料理でも作ることができないのだ。 好きなビールの食卓に並んだおつまみを口にして「うまいな、これ」と言うと、それを聞いた妻が笑いながら呟く。
「ほんとに便利になったわよね。お店に食べる物が何でも売っている。コンビニもあるし。私がいなくてもやって行けるわね」。
以前、妻が手術を何度か繰り返していた頃、入院が近づくと家での生活を心配して、いちいち「大丈夫か」と僕に確認をしてくるので、その度に「ダイジョウブ」と言っていたことがあった。そう言っておけば妻は安心すると思っていた。
もう本当のことをきちんと言葉にして伝えよう。
「大丈夫じゃない」と。

會嶋 宏視さん
エッセイの主人公である妻の病が完治したタイミングと重なり、応募しました。「大丈夫」は、汎用性が高い分、曖昧。やせ我慢をしたり、本心を隠したり。全国の夫の皆さんは、奥さんに正直になってほしい。妻に思いを伝える良い機会となり、感謝いたします。ラブレターは得意なんです。