
吹春俊光さんに聞く不思議でスゴイきのこの話
秋の味覚といえばきのこ。食べるのはもちろん、かわいらしい独特のフォルムはキャラクターやモチーフとしても人気です。最近ではしいたけの原木を購入し自宅で栽培する人も増えているとか。
ですが、そもそも「きのこ」とは一体何なのでしょうか。
千葉県立中央博物館の研究員として、30年以上にわたり大型菌類の研究をしてきた吹春俊光さんに、きのこについて教えてもらいました。
千葉県立中央博物館 研究員
吹春俊光(ふきはる・としみつ)さん
平成元年の博物館開館時から、千葉県の大型菌類(きのこ類)について、野外から標本を集め、博物館の標本庫に整理し、千葉県産のきのこ目録を随時更新。へんてこな環境(動物の糞上や糞尿・死体が分解した跡)に生えるきのこ類(糞生菌類、アンモニア菌類)も調査。
(※きのこの写真はすべて吹春俊光さん提供)
目次
▼ 【知識編】きのこって何?
└きのこのトリビア
└きのこの形の秘密
└きのこにはまだまだ謎がいっぱい
▼ 【実践編】きのこの楽しみ方
└きのこ狩りの魅力
└千葉のきのこ「ハツタケ」
└毒きのこに注意!
【知識編】きのこって何?
「きのこ」とは「菌類」です。
では菌類とは何かという話ですが、20世紀の半ば頃までは、植物の仲間と考えられていました。しかし近年では、DNAを用いた研究により、動物と共通の祖先から約9億年前に枝分かれしたという説が有力です。
少し専門的な話になりますが、地球上の生物を「真正細菌ドメイン」「真核生物ドメイン」「アーキア ドメイン」の3つに分けて生物の系統を表した「三ドメイン説」によると、陸上植物・菌類・動物はこのうち「真核生物ドメイン」に分類されます。
これで見ると、菌類は動物と共通の先祖をもち、植物よりも動物に近い存在だと分かるんですね。
植物は光合成で栄養を作り、動物は自ら動いてエサを捕獲する。一方で菌類は、「動かずにエサを捕獲する」方法を選びました。
「菌糸」と呼ばれるパイプを長く伸ばし、その表面から栄養素を吸収します。倒木や落ち葉を細い菌糸の網目で包み込み、分解するため「森のお掃除屋さん」とも呼ばれているんですよ。
▲ウラベニホテイシメジ
さらに菌類の中には、植物と共生関係にあるものもいます。
植物の根は、菌類の菌糸と植物の合体構造…いわゆる「菌根」を作っており、菌類は植物が土の中から水や栄養素を吸収するのを助けています。
そのお礼に、菌類は植物から光合成産物の何割かを受け取る、今でいう「アウトソーシング」のような関係性です。
また地球上で広く見られるブナ科やマツ科の植物の根は、「外生菌根」と呼ばれるタイプの菌根を作り、植物の根はまるで靴下を履いているかのように、菌類に覆われて乾燥や寒さから守られています。ブナ科やマツ科が寒い地域にまで分布を広げられるのは、そのためでもあります。
この関係の歴史は長く、水の中で暮らしていた植物の祖先が、陸上に進出した時代までさかのぼります。
植物は乾燥した陸上で、栄養や水分をどうしたら効率良く吸収できるかを考えたのでしょう。分解や吸収が得意な菌類と手を組んだというわけです。
何億年という時を経てもタッグを組み続けている点からも、菌類は植物の成長にとって重要なパートナーだといえるでしょう。
また、森の中では大きな木が光合成で作った栄養を、若い木々に分け与えることも分かっています。その際に媒介となるのが菌根。
さらに「昆虫に攻撃された」といった情報も、菌根を通して伝達し合うなどコミュニケーションツールの役割も。
菌類の活躍なしに森は存続できない、と言っても過言ではありません。
きのこのトリビア
私たちが森で目にする「きのこ」は、普段は地面の中にいる菌糸が、胞子を遠くに飛ばすために地上に出てきた繁殖器官。植物でいうと「花」に似ています。
なので、きのこの本体は実は地中にある菌糸だといえます。
菌糸の塊「コロニー」は、地中で環状に広がるのが特徴。その元気な部分からきのこが地上に顔を出すので、きのこも同じように環状に広がって群生します。
これを見た昔の人は「妖精がダンスした跡にきのこが生えるのだ」と考えたため、きのこの輪は「フェアリーリング」なんてちょっとロマンチックな名称で親しまれています。
▲環状に群生するオオシロカラカサタケ
菌糸の「コロニー」の中には何年もかけて広がっていくものも。
北米の原生林には推定1500年以上の時間をかけて、東京ドーム約3個分もの大きさに広がったコロニーが発見されています。このことから、世界最大の生き物はきのこ(菌類)なのではと説かれています。
きのこの形の秘密
きのこはどうしてああいう形をしているのか。
これは、胞子を遠くに飛ばすのに適しているからだと考えられています。小さな菌類からすれば、地上10センチの高さでも高層建築です。
胞子を気流に乗せるために、きっと大変な思いをしてきのこを生やしているんでしょう。
▲アカヤマドリ
またきのこの中にはトリュフのようにかさを持たず、丸い形をしたものもあります。これらのきのこは胞子を飛ばすのではなく、いい香りを出して動物を引き寄せ、遠くに運んでもらう戦略を取りました。
きのこにはまだまだ謎がいっぱい
赤や黄色など鮮やかな色のきのこもありますが、なぜこんなにも色とりどりなのか、実は理由は分かっていません。また、光るきのこの目的も同様に不明。
▲光るきのこ ヤコウタケ
毒きのこもなぜあるのか、解明されていません。
他の生物は捕食されるのを回避するためや自分の身を守るために毒を持つのですが、きのこの毒は後から効いてくるものがほとんど。中にはおいしい毒きのこもあるので、毒を持つ理由が分かりません(笑)。
きのこはまだまだ謎多き生物なんです。
【実践編】きのこの楽しみ方
そんなきのこのことを広く知ってもらおうと、中央博物館開館のタイミングで、千葉菌類談話会を発足しました。
スローガンは「きのこを通して人生を楽しむ」。
主な活動は、県内の自然公園でのきのこ狩りや、会員さんが撮りためたきのこの写真を発表するスライド会の実施など。(※現在はコロナ禍のため休止中)
菌に興味のある人なら誰でも参加OKで、現在会員は約350人。千葉県民の方を中心に、県外からもたくさんの方に参加いただいています。
▲千葉で発見された新種のきのこ シロオビテングタケ
会できのこ狩りをしてみると、想像以上に「ハマる」人が多いことに驚きました。
自分で探して採取したものをおいしく食べる、やはりこの行為って実際にやってみると楽しいんですよね。
きのこの種類によって味わいも違うので、「このきのこは鍋だな」「このきのこはクリーム系と合わせよう」と考えるのも面白い。
余談ですが同会では、メンバーの中でも食べる目的できのこ狩りをする人たちを「ナベ派」と呼んでいます(笑)。
きのこ狩りの魅力
きのこ狩りってスポーツに似ています。
きのこが生える場所や環境についての知識や経験はもちろん必要なのですが、それだけではだめで、めぐり合わせという「運」も大切です。毎回、思うようにいかないのが楽しいんでしょうね。
また、先ほども話した通り、植物ときのこは共生関係にあるので、きのこがたくさん生える森は、豊かで多様な生態系が作られています。
きのこに詳しくなると、車などから森を見かけた時に「ここはきのこがありそうないい森だ」という感覚が芽生えてくる。きのこをきっかけに自然への興味が増すというのも、きのこ狩りのいいところだと思っています。
千葉のきのこ「ハツタケ」
千葉県ではさまざまなきのこが見られますが、特に「ハツタケ」が有名です。
▲ハツタケ
ハツタケは、沖縄から北海道まで広く分布していますが、現在食用として重要視しているのは、ほぼ千葉県のみ。勝浦の朝市で販売されるなど房総のきのこ文化を象徴するような存在で、特に70代以上の人にとっては「ふるさとの味」。
ちなみに、漫画家・つげ義春さんの作品「初茸がり」は、大多喜町の宿での滞在経験を元に描かれたといわれています。
毒きのこに注意!
注意いただきたいのは、素人が毒きのこと食用きのこを見分けるのは困難だということ。
初心者は、専門家やベテランと一緒にきのこ狩りに出掛けるのが鉄則です。
▲猛毒のカエンタケ。触るのも危険!
毒きのこに共通する特徴はないので、見分けるコツもありません。しいて言えば、きのこ一つ一つの姿や個性を「覚える」こと。
県内で見られるきのこは約700種ほどなので、言ってみれば小学校の校長先生が全生徒の顔と名前を覚えるようなもの。そう聞くとできそうな気がしてきませんか?(笑)
見るからにおいしそうなのに猛毒があったり、またその逆もあったり。
きのこも人間と同じで、見た目では分からないという点も魅力の一つですね。
未知がいっぱいだから、きのこは面白い!
日本には1万種のきのこがあると言われていますが、名前が付いているのはそのうち2~3割程度と、分類が進んでいないのが現状。
私は学生時代に菌根の話を聞いて、「これはすごい!」ときのこの研究を始めましたが、きのこ専門の研究者って世界的にみてもまだまだ少ないんです。
豊かな森支えるすごさ、身近な存在なのに不思議がいっぱいなところ…。きのこ(菌類)にはさまざまな魅力があり、だからこそたくさんの人が心を引かれるんでしょうね。
みなさんの自宅の庭やご近所にも、まだ誰も知らないきのこが生えているかもしれませんよ。