「青木三兄弟」としてモータースポーツ界で多くのファンを持つトップライダー・長男・青木宣篤(のぶあつ)、次男・拓磨(たくま)、三男・治親(はるちか)選手。

1998年、テスト走行中の転倒事故により下半身不随となってしまった拓磨さんを、もう一度サーキットで走らせるために治親さんと宣篤さんが立ち上げたプロジェクトが今、多くの障害者ライダーに希望と勇気を与えています。

「Side Stand Project」の活動とはどのようなものなのか。袖ヶ浦フォレストレースウェイで行われた体験走行会を取材しました。

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」

 

公開 2022/05/17(最終更新 2024/01/04)

花

48歳で普通自動二輪免許を取得したへっぽこアラフィフ主婦ライダー。千葉は魅力的なライディングスポットがたくさん!取材と称してソロツーを楽しんでいます。【ブログ】https://ameblo.jp/ohana-hann/

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諦めていた夢を実現させる!「Side Stand Project」設立へ

青木治親さんが「Side Stand Project(以下SSP)」を立ち上げるきっかけとなったのは、海外で目にしたある光景でした。

それは車いすユーザーのライダーが、オートバイに補助器具を付けてサーキット走行をしている姿。「サーキット走行できるオートバイはないと最初から諦めていた」という治親さんは、そのシーンに衝撃を受けます。

調べると、イギリスやフランスなどの海外では車いすユーザー専用のオートバイ補助器具がメジャーな存在となっていて、サーキット走行を楽しむ障害者の方も多数いるというのです。

それを知った治親さんは宣篤さんと共に、拓磨さんをもう一度オートバイに乗せるためのプロジェクト「Takuma Rides Again」を立ち上げました。

そして2019年7月、拓磨さんは鈴鹿8耐とツインリンクもてぎで行われた日本GPのデモランで、21年ぶりに見事なライディングを見せました。

ハンディをものともせずにCBR1000RRやRC213V-Sを乗りこなす拓磨さんの姿は多くの人々に感動と衝撃を与え、やがて「自分も車いすユーザーだけれどオートバイに乗りたい」という声が全国から青木さんたちの元に寄せられるように。

「拓磨と同じ境遇の人たちに、僕たちができることはないか」そう感じた治親さんは、2019年9月に宣篤さんと一般社団法人SSPを発足。

事故などで車いす、義手、義足になった「パラモトライダー」を応援する、SSPの活動が始まりました。

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」
青木治親さん(左)と、宣篤さん

袖ヶ浦フォレストレースウェイ体験走行会レポ

2021年4月7日、袖ヶ浦フォレストレースウェイでSSPの体験走行会が行われました。

体験走行会は袖ヶ浦フォレストレースウェイの他にも、神奈川県の自動車教習所などで定期開催されており、走行会へは男女年齢問わず全国から参加者が訪れています。

今回の走行会には、治親さんと宣篤さんにボランティアのサポートスタッフ、そして7名のパラモトライダーが参加しました。

会場へは車椅子テニスなどのプレーヤーをサポートしている専任の理学療法士も同行し、オートバイ走行が可能であるか、参加者のコンディションチェックを行います。

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」
この日の体験走行会に準備されたのは、BMW1250と750、MVアグスタ800が2台の計4台

オートバイは右足で後輪ブレーキを、左足でギアチェンジの操作を行います。

下半身が使えないパラモトライダーは、これらを手で操作できる「ハンドシステム」という装置を使って運転します。

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左手に取り付けたハンドシステム。障害の部位によってシステムを変える事もあります
「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」
下半身はベルトで、足を乗せるステップは自転車にも採用されているビンディング付きの特殊なものに交換してマシンに固定します

しかし、オートバイを操縦するシステムについては分かりましたが、自動二輪車の教習では「オートバイは下半身で操る」と教わります。

下半身に力を入れられない車いすユーザーの方は、どうやってオートバイをコントロールしているのでしょうか。

宣篤さんに尋ねてみると「上半身だけでオートバイを操る事はできるんですよ。その方法を僕たちプロライダーが指導しています」との答えが。

ボランティアスタッフのライダーさんによると「青木さんレベルになると、普段から全身を使ってオートバイを乗りこなしてるんです。だから上半身だけでマシンを操るテクニックも習得しているんでしょうね」

とのこと。世界で活躍してきた青木さんたちだからこそできる指導ですね。

さて、いよいよ準備が整ったようです!

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」
スタートするまではサポートスタッフが車体を支えます

まずは宣篤さんが先導でコースに、パラモトライダーの皆さんもそれに続きます。

支えが必要なのはオートバイが止まっている時だけ。走り出しさえすればオートバイのバランスは安定します。

ライダーの皆さん、美しい走りでコースをぐんぐんと周回していきます。

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」
スタッフの方々が走り抜けるライダーに手を振ると、ライダーたちも手を振り返して応えます

走行時間は30分。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」

ライダーたちがスタート地点に戻り、サポートスタッフが受け止めます。

走行を終えた皆さんの、明るく晴れ晴れとした笑顔がまぶしい!

参加されたパラモトライダー、野口正さんにお話をうかがいました。

「SSPで公開している動画を観て活動を知り、設立初期から参加させていただいています。車いすユーザーとなり、二度とバイクには乗れないと思っていました。27~28年ぶりにバイクに乗れた時は『できないと思っていたことができた』と、これ以上ないほどうれしかったですね。最初は真っすぐ走ることも難しかったです。でも徐々にマスターして、今は体重移動と上半身でマシンをコントロールできるようになりました。サーキットでは宣篤さんの先導に付いていくのですが、同じラインで走ることができなくて悔しいんですよ。でも、思い通りにならないのが楽しいです。これからも上達したいっていう目標ができました」

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」
野口さん

「パラモトライダーの皆さんが、想像以上に教えた事を吸収して上達してくれるんでうれしいです。皆上達するにつれて理想のライディングをしたいと思うようになるんです。乗れたらゴールではなく、乗った先にゴールがあるんですよ。乗れる場所、乗れるオートバイ、支える人がいれば、ハンディキャップがあってもオートバイに乗れるんです。オートバイは自立できない乗り物ですが、サイドスタンドがあれば立っていられる。僕らがサイドスタンドのように支えれば、オートバイに乗れる人がいるのではないかという思いで活動しています。挑戦して実現できたという体験は、参加された方の大きな自信になると思うんです」と宣篤さんは語ります。

パラモトライダーの体験走行会への参加は「参加するハードルを下げたい。お金で諦めて欲しくない」と無料。ヘルメットやライダースーツなどもSSPで貸し出します。

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」
SSPは非営利団体。協賛企業からの提供やボランティアで活動しています
「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」
今回の参加者は皆さん上級者ですが、いきなりサーキット走行をするようなオートバイに乗るのではなく、自転車の補助輪のような器具を付けたオートバイで、操作方法やバランス、コントロールの方法を学んで徐々にレベルアップしていきます(画像はSSPのHPより)

ボランティアの申し込み、体験走行会の開催日程の確認はHPFacebookで行うことができます。

また、体験走行会への見学は、誰でも随時OKとのこと。

「何をやってるのかな、くらいの気持ちで見に来てください。SSPではオートバイ未経験者のパラモトライダーやボランティアでも受け入れています。日常生活の中で、障害のある方に手を差し伸べたいと思っていてもそのやり方がわからない、と言う方も多いと思うんですよ。SSPでは障害者とボランティアが『オートバイで走行する』と言う同じ目標に向かって努力する事で、自然に交流できるんです。ぜひ学生さんにも参加してもらいたいな」(治親さん)

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」
皆さんお疲れさまでした!

「できない」ではなく「どうやったら実現できるのか」と考える

SSP代表、青木治親さんに、活動への想いや今後について尋ねました。

「障害のある方がオートバイに乗ることについて、危ないんじゃないか、って声はよくいただきます。しかし、誰であれオートバイに乗る以上、安全面でのリスクをゼロにすることはできません。ですが『曲がる』『止まる』『ラインどり』などがきちんとできていれば、リスクをゼロに近づけることはできるんです。SSPでは『危なくないライディング』の指導を行っています。『オートバイ=危ない』というイメージをなくし『オートバイ=楽しい』をキーワードに集まってほしいですね」

現在SSPでは四肢以外の障害がある方や、オートバイ経験のない障害者の方でも、SSPが定める規定をクリアすれば受け入れています。

その中には、視覚を失った参加者のライダーもいたのだとか!

「ええ。全盲の方も何名か参加されています。中には先天性の全盲で、オートバイに乗った事はおろか見た事もない、という方もいらっしゃいましたよ。どう指導したらいいのか迷っていたら『先導してくれたら音を聞いてトレースして走れます』っておっしゃるんです。

そこで、遠隔でブレーキをかけられる装置をオートバイに付けて、ヘルメットに付けた無線で障害物やアクセルやブレーキの指示を出すという方法をとり、無事走行できました。『全盲で初めてバイクに乗る人がこの挑戦を無事に成し遂げた。じゃあ逆に、乗り越えられない壁って何なんだ』って思いました。僕は指導する立場ですが、バイク事故でハンディキャップを負った方が、事故の恐怖に打ち勝ってオートバイを乗りこなす姿などを見てきて、逆に教えてもらう事が多いんですよ。

今後の夢は、パラモトライダーの皆さんとロードを走ること!箱根ターンパイクは全線貸切できるので、いつか実現させたいですね。ほとんどのライダーは、サーキットではなくロードを走って楽しんできた人たち。障害がなかった時と同じ楽しみを、もう一度味わって欲しいんです。

僕、想像するんですよ。マラソン大会のように沿道に応援やサポーターの方たちが見守る中、パラモトライダーの皆さんと一緒にゴールまで道を走る…素敵だと思いませんか?

SSPの活動を通じ、夢を叶える手助けができることを知りました。その方法も僕たちは知っています。皆さんの力を借りて、この夢を実現させたいです」

「できない」ではなく「どうやったら実現できるのか」を常に考えて活動を行う青木さん達の姿は、障害のあるなしではなく、人の生き方そのものについて深く考えさせてくれました。

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」

夢を持ち、実現させるために努力する全ての人を応援するため、これからも「Side Stand Project」は伴走し続けるのです。

「車いすでもバイクに乗りたい!」障害のあるライダーたちの挑戦を応援する「Side Stand Project(サイドスタンドプロジェクト)」

一般社団法人SSP
住所/神奈川県相模原市中央区田名3156-4
問い合わせ/042-785-2299
HP/https://ssp.ne.jp/