宝生流能楽師無形文化財保持者の中村孝太郎さんは、中学校の特別講座の講師を通して地域に密着した活動をしてきました。
現在は次世代へ夢をバトンタッチする準備に入っています。

公開 2022/07/03(最終更新 2022/07/01)

中学校で人気講座約100人を指導
中村さんは八千代台西中学校の特別講座の講師を10年ほど務めました。
それは毎年人気の講座だったといいます。
3月に始まり8月に発表するプログラムで、発表会の会場は中村さんの自宅2階の能舞台。
妻の桂子さん(故人)の陣頭指揮の下、お弟子さん総出で生徒たちに着付けをし、近所の人が炊き出しを手伝ってくれたといいます。
10年間で指導を受けた生徒は延べ100人ほど。
中村さんは生徒たちに「『海外に行く機会があったら、扇だけ持って行っとけ』と言った」と笑います。
扇があれば、自分で謡いながら舞うことができるからです。
海外出張や海外赴任の際に、日本文化である能を語ることができ、さらに実演もできます。
格好よいではないですか。
長年地域に根付いた活動を続ける

中村さんは、1989年に八千代市市民会館多目的広場で薪能を演じ、盛況を博しました。
2007年には市政40周年記念の蝋燭能を演能します。
「地元の人が力を貸してくれ、八千代市市民会館ホールで火を使えるよう、消防署に掛け合ってくれた」と懐かしそうに話してくれました。
自慢の娘婿・野月聡さんも能楽師
中村さんの娘婿は、同じ宝生流で活躍する野月聡さん。
今年52歳で、公演に、稽古に、と忙しい毎日を送っています。

中村さんは今年80歳を迎えるに当たり、自分が築いてきた地盤である長野県・山口県・八千代市の稽古場を、徐々に野月さんにバトンタッチしたいと考えるようになりました。
立派な後継者がいるのだから、自分が元気なうちに引き継いで弟子に混乱が起きないように、との気遣いからです。
自分が種をまいて育ててきた能楽の未来を、頼れる次世代に託して、自分は悠々と舞い謡おうという腹です。 (取材・執筆/福)