地域新聞社は、今年もエッセイコンテストを開催しました。
2022年、第14回の募集テーマは「わが家の自慢」。
新たに小中学生部門も設けて、4月~6月に募集を行い、一般部門と小中学生部門合わせて187作品の応募をいただきました。
その中から、一般部門の最優秀賞、優秀賞に選ばれた3作品を紹介します。
たくさんのご応募、誠にありがとうございました!

公開 2022/09/07(最終更新 2022/09/12)

最優秀賞「地球の引力」
千葉県船橋市 長坂 隆雄さん
私は妻の不機嫌で怒った顔を見た記憶が殆どない。喜ぶべき事かも知れないが、時として、少しお脳の構造が欠落しているのではないかとさへ感じる事もあった。
先日、母の墓参りに京都本願寺の大谷廟を訪れた。
参拝を終えた処、突然の降雨に祟られ、廟前のレストランで休息した時の事である。
注文のコーヒーを運んで来たアルバイトの女学生が、つまづいて手を滑らせ、彼女の喪服にコーヒーを浴びせてしまった。
周囲の客が、いっせいに彼女に注目した。私も一瞬、彼女の怒った顔が見えるかも知れないと思った。
半ベソをかきながら、うろたえて、立ちすくむ女学生に妻は
「いいのよ、いいのよ、気にしなくて良いのよ。おしぼりを頂戴」と穏やかに言った。
奥から出て来て、平身低頭する店の主人に「こぼそうと思って、こぼしたんじゃないでしょう。この方が悪くないのよ。地球に引力があるから仕方がないのよ。叱らないでね」と言った。
アルバイトの女学生は、目に涙を浮かべて頭を垂れていた。
五十年に余る彼女との長い生活の私も、「地球の引力」との彼女の発想には、言葉もなかった。
周囲の客にも、和やかな笑いと、安堵の空気が流れた。
怒ってみても、もとの状態に戻るわけでもない。地球の引力と思えば、人間の力ではいかんとも出来るものではない。
思えば、人は心の持ち様で、世の中平和にもなり、対立にもなる事をしみじみ感じた一瞬でした。

長坂 隆雄さん
投稿を忘れかけていましたが、突然の朗報に驚いております。残り少なくなった人生に華を持たせていただけたことを厚く御礼申し上げます。家族のことを云々することは超高齢者の私にとって最も不得手であり、そのような苦手な題名での受賞に夫婦共々感激しております。この感激を胸深く抱き、余生を楽しく送りたいと思います。本当にありがとうございました。
優秀賞「父の優しさ」
埼玉県さいたま市 海老澤 勇太さん
「今年も始まったか…」
どうせ私に拒否権はない。渋々と重い腰をあげ、今年も参加することにする。
「洗濯物どけて。位置確認してから10分後に撮るよ。準備して」
思い立ったらすぐ行動の父には誰も逆らえない。横にいた兄も、気乗りしない表情をしている。
「もう少し左。そこの棚、映るからどかしたほうがいいかも」
撮影係に任命された私は、タイマーを10秒後にセットしたカメラを残し、家族のもとへ急ぐ。
―3、2、1、カシャッ
「どう?いい感じだったら、今年はそれに決めよう」
父は決断も一瞬だ。
我が家では毎年12月になると、年賀状に使うために家族の集合写真を撮る。私は中学生のときから、それが大嫌いだった。
「うちも市販のイラストとかにすればいいのに」
年明けに届く親戚の年賀状を見て、どれほど羨ましく思ったことか。
最近、母がこれまでの写真すべてを用紙一枚にレイアウトした。そこには、あふれんばかりの笑顔で映る、私の知らない私たちがいた。
「こんなときもあったっけ」
20枚の写真たちは、様々な表情で溢れていた。毎年嫌でいやで仕方がなかった年末の写真撮影は、私たち家族の足跡を残していた。
「若いうちは写真なんていらないと思うけど、大人になって見返すと撮っておいてよかったって思うんだよね」
父が言った言葉がよみがえる。私が大人になってから見返せるように、参加を強制していたと知ったとき、胸が熱くなった。家族写真なんて恥ずかしくて、本当に嫌いだった。だけど、毎年撮っていて良かったと、心から思えた。
「もう少し左。あ、いいね。じゃあ撮るよー」
私は今年も撮影係。21回目を迎える今年の気分は最高だ。この撮影会は今ではもう、私の誇りだからだ。
私は来年留学し、兄はすでに社会人だ。家族そろって撮る機会は今後、ないかもしれない。玄関に飾られた21枚の家族写真が目に入る。我が家自慢の宝物を前に、思わず微笑みがこぼれる。
「いってきます。」

海老澤 勇太さん
将来メディアの仕事をしたくて新聞社でインターンを経験。そこで書くことを教わり、少しエッセイに興味を持ち始めたところで、双子の弟が「コンテストがあるよ」と知らせてくれました。テーマに関してはすんなり書けました。母は「そんな風に思ってくれていて、うれしい」と喜んでくれています。来年は兄弟3人とも家を出るので、家族5人そろって撮影できるラストチャンスかもしれない今年は、いつもと違う気持ちで臨めそうです。
優秀賞「宿泊ノート」
千葉県柏市 石井 正雄さん
我が家には平成元年の結婚当時から存在する大切なノートがある。宿泊ノートである。我が家に泊まりに来た人に記念になるよう一筆書いてもらうノートである。書く内容も長さも自由である。夜寝る前に渡しておいて、帰り際に受け取るのである。
新婚当時、妊娠中の妻を見舞うため彼女の叔母が泊まりにきてくれた。ノートには、妻の笑顔がとても多くなって幸せそうで安心したと記されていた。
また、子どもの誕生後、田舎から来た両親の書いたページには、私たち夫婦や孫に会えるので、何を持って行こうかと数日前からワクワクして準備をしたと書かれていた。
子どもたちが小学校へ行くようになったころ、遠く名古屋から遊びに来てくれた友だち夫婦は、双方の子どもたちが一緒になって人生ゲームをして遊んでいる様子をイラストに残してくれた。
我が家の子どもたちが、小中高と進むにつれて、宿泊する年齢層も若くなってきた。娘の友だちのページには、ごはんがとても美味しかった、お母さまオリジナルの「雪降る地中海サラダ」、お父様特製のオムレツとあり、食べるたびに大騒ぎしていたとその時の様子を鮮明に記録していた。娘の報告によると、友だちがそのノートを開いたとき、とても驚いていたとのこと。最初のページに1989年と日付があり、自分たちが生れるずっと前からノートが存在していたからである。
結婚した娘が初めて里帰りしたとき、娘婿に書いてもらったが、同時に娘にも書いてもらった。娘は自分がこのノートに書くときが来るとは思っていなかったと記してあった。
この宿泊ノートは我が家の歴史書でもある。これを読むとき、その日の客人の笑顔を思い出す。そしてこの宿泊ノートは家族の共通の話題でもあり、人生が豊かになる方法のひとつであると私は信じている。これからも宿泊ノートを続けて沢山の思い出をつくりたい。そして、多くの人にこの宿泊ノートを是非勧めたいと思う。

石井 正雄さん
エッセイコンテストへの応募は人生初めての体験でした。わが家の自慢という題を見て、すぐに閃いたのがこの「宿泊ノート」でした。これなら誰も真似できないだろうと応募することにしました。初めに、いろいろなエピソードをポストイットに書き出してから、古い順番に書き始め、これはわが家の歴史だなと気づきました。どのページも思い入れがあるものばかりで大切なノートです。