訪れた国や地域90以上、海外への旅は217回。

旅行作家の秋山秀一さんが、自身で撮影した写真とともに、世界の街を歩いた思い出をつづります。

秋山秀一さん

秋山秀一さん
旅行作家、元東京成徳大学教授、NHK文化センター講師。日本エッセイスト・クラブ常務理事、日本旅行作家協会会員、日本外国特派員協会会員。『鎌ケ谷 まち歩きの楽しみ』『世界観光事情 まち歩きの楽しみ』『ウクライナとモルドバ』など著書多数。鎌ケ谷市在住。鎌ケ谷市国際交流協会(KIFA)会長、鎌ケ谷市都市計画審議会会長。

 

アユタヤ
ワット・プラ・シーサンペットにそびえる3つの仏塔

公開 2023/08/26(最終更新 2023/08/23)

編集部

編集部

千葉・埼玉県在住の編集メンバーが、地域に密着して取材・執筆・編集しています。明日が楽しくなる“千葉・茨城情報”をお届けします!!

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東西交易の中継地として栄えた都

アユタヤと聞いて山田長政を連想する人は多い。

徳川家康の時代、朱印船貿易で栄えた日本人町がアユタヤにあった。

その中心人物、頭領が山田長政だった。

アユタヤ
世界文化遺産「古都アユタヤ」
アユタヤ
禁止事項が日本語でも書かれた看板

アユタヤは、首都バンコクの北75km。

北西から大きく蛇行して流れるチャオプラヤ川、東北からロップリー川、東からパー・サック川が合流する地点に位置し、14世紀半ばから約400年にわたって栄華を誇ったアユタヤ王朝の都だった。

アユタヤ
パー・サック川河畔のエキゾチックな街並み

当時、アユタヤはインドと中国を結ぶ東西交易の中継地として発展し、現在のラオス、カンボジア、ミャンマーの一部を領有するどの勢力を築いた。

海外交易で蓄積された富により王宮や寺院などが建設されたが、交易の利権を巡り隣国との戦争が繰り返されることに。

王宮は破壊され台座を残すのみとなり、寺院も壊滅状態となった。

現在アユタヤには頭が落とされた仏像が並び、一部修復された寺院が建っている。

アユタヤ
18世紀の戦禍の痕も生々しいワット・プラ・マハタート
アユタヤ
ワット・プラ・マハタートの復元模型が展示してある

多くの仏教遺跡が集まる地区を歩く

川に囲まれた東西約6km、南北4kmの地区に多くの遺跡が集まっている。

木の根に取り込まれた仏頭が有名なワット・プラ・マハタート。

アユタヤ

アユタヤ
仏頭よりも頭を低く構えて写真を撮るのがルール

土台しか残っていない王宮の南に、王室の守護寺院ワット・プラ・シーサンペットの3つの仏塔がそびえている。

アユタヤ
ワット・プラ・シーサンペットの塔の上からの眺め

通りに出ると、観光客を乗せた何頭もの象が、ノッシ、ノッシとゆっくり歩いていた。

アユタヤ
象に乗って観光スポットを巡るのもタイならではの楽しみ
アユタヤ
アユタヤは 平らな街なので貸自転車も人気だ。奥に見えるのはワット・ローカヤースッターの寝仏

(文・写真/秋山秀一)