牛乳や塩といった素材の生産者があってこそ完成するチーズ。常に素材を慈しみチーズ作りに思いを捧げる柴田千代さん。彼女のチーズが味わいとなり語るのは、作り手に愛された記憶です。
<プロフィール>
チーズ工房【千】sen店主。千葉県富里市出身、18歳でチーズの道を志す。大学卒業後は北海道とフランスで修業。在学中に訪れたフランスで本場のブルーチーズのおいしさに感動し、手仕事を極める職人になることを決意。独自の国産チーズを介してさまざまな課題に取り組む。2017年、第11回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト 農林水産大臣賞(最高賞)受賞はじめ、国内外のコンテストで受賞経験を重ねる。

公開 2023/11/01(最終更新 2023/10/31)

賞味期限は4秒?!生きたモッツァレラ
「モッツァレラは『引きちぎる』という意味。この出来たてのおいしさを職人しか知らないのはもったいないと思って」。ここは月に1度だけ営業するチーズ店。開店を待ちわびた人々でにぎわいます。チーズの素(カード)にお湯を加え練って重ねて長く長く伸ばす…モッツァレラチーズ実演販売では、柴田さんのパフォーマンスにくぎ付け。丸めたらすぐに口に入れるべしという「4秒ルール」。その弾力やきゅきゅっとした歯触りに、チーズが生きていることを教えられます。

夢をかなえる手段、チーズにたどり着く
高校時代、柴田さんは30年後の日本を描くコラムと出合います。そこに書かれた食料自給率低下問題。元々料理人になりたかった柴田さんは「食の仕事」を通じて日本を支えられるのではと使命感を抱きました。また経済効率が優先されがちな食品の安全面から未来を見た時、次の世代に届けたい食べ物づくりに関わろうと考えるように。無添加で、子どもたちに優しくて、保存が利く食品は何かと追求した末、発酵食品のチーズにたどり着きました。

東京農業大学オホーツクキャンパスでの学び、本場のブルーチーズに感動したフランス旅行、共働学舎新得農場での経験、体感した全てが血肉となりました。2014年には水と空気がきれいな大多喜町に店を構え、日本独自のチーズ作りと向き合います。木造りの呼吸する工房には土地由来の菌と酵母がすみ着き、その土地ならではの味わいを醸します。「北海道にもフランスにもなかった、湿気との闘いですね」と柴田さんは話します。思いのある職人が素材のそばに住んで行う手仕事で、地方でも「暮らし」が成り立つビジネスモデルを作りたいと、持ち前の明るさで奮闘中。
営業日には店の敷地に手仕事仲間を集めてマルシェも開催。チーズ作りの拠点を持った今、次の誰かの未来にひもづく場所づくりになるようにと願いを込めます。その収益で「子どもたちに未来をプレゼント」という趣旨の寺子屋を年に1回開きます。毎回50人の子どもを招待し行われる食育「命の循環の授業」は今年で9年目を迎えます。ここでは、柴田さんのチーズのワークショップ他、酪農家による牛の授業など、水だけでは暮らせない私たちがさまざまな命に生かされていることを伝えます。寺子屋は命の授業を通し、子どもたちが懸命に生きることを鼓舞し続けています。

素材の作り手と共に 世界舞台に立つ意味
そして今年9月にフランスで行われたチーズの世界大会「MONDIAL du FROMAGE 2023」では、千葉県産の牛乳・塩・酒・菌で作ったチーズ「鼓動」が見事BRONZE賞を受賞。循環型酪農を行ういすみ市高秀牧場の牛乳、太陽と風の力で作る九十九里町サンライズソルトの塩、樹齢70年の山武杉からなる木桶で醸成する、神崎町寺田本家の日本酒「木桶仕込」。「鼓動」はこれら生産者の手仕事がなければ生まれなかったチーズ。素材と共に日本がスポットライトを浴びた栄えある受賞は、「生産者みんなが一緒に」という柴田さんが切望する形となりました。昨秋には、世界に貢献度の高いチーズ職人に送られる「ギルド勲章」を受領。その足元を着実に固めていきます。

「チーズは世界共通の食材です。それを携え今後は白鳥のように世界に突き抜けたい。渡り鳥は上空で他の群れと合流して一緒に飛ぶんです。多方面の職人と共に、日本の手仕事の価値や美しさを世界へ届けたいですね。この国産チーズは、私の大切な『手段』です」。柴田さんは、あの日読んだ「30年後のコラム」を自らの手で書き換えようと、今日も新たなストーリーを持って挑み続けています。

チーズ工房【千】sen
住所/千葉県夷隅郡大多喜町馬場内178
営業日/第1日曜日
営業時間/午前11時~午後5時
ホームページ/https://fromage-sen.com/
オンラインショップ/https://fromagesen.base.shop/