修復工事設計中で現在は限定公開の澁谷家住宅。広報「かまがや」に見学会の案内が載っていたので参加し、説明を受けながら見学してきました。

公開 2026/01/27(最終更新 2026/01/20)

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東京生まれ。月の出ている日は必ず見つけて写真に撮りブログにアップする月大好き人間です。果物を食べながら、「この果物はどうやって生まれてきたのかな?」とすぐ考えるタイプ。ちなみにプロフィール写真は、以前記事作成のために撮影した栗の赤ちゃんです。

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200年の歴史を伝える文化財

下総台地の最も高い所に位置し、東京湾、手賀沼、印旛沼へ流れる三水系の分水界がある鎌ケ谷市。

江戸時代には、農耕に向かない台地上には野馬の牧が広がり、谷間の低地では田や畑が営まれていました。

澁谷家は、佐津間の地で代々名主を務め、1863年には領主本多家の下屋敷移転の普請時に献金した功績で名字帯刀を許された家柄。

江戸から明治への激動期を草莽の志士として駆け抜けた赤報隊の澁谷総司の生家としても知られています。

その主屋は、1826(文政9)年に建てられたと推定され、大地震も戦争の惨禍も免れ、200年もの間、澁谷家の人々を守り続けてきました。

鎌ケ谷市佐津間で200年の時を刻む 国登録有形文化財・澁谷家住宅
澁谷家主屋全景(写真提供/鎌ケ谷市教育委員会)
鎌ケ谷市佐津間で200年の時を刻む 国登録有形文化財・澁谷家住宅
澁谷家主屋・内部図 資料提供:鎌ケ谷市教育委員会 水色=ダイナミックな構造を体感できる空間 ピンク=住み続けられた生活の様子が伝わる空間 紫=最も改変が少なく江戸時代の格式ある空間 ※保存活用計画を参考に編集部で色付けしました

時代の変化を内包し人々に語る家

保存資料も多く、40年前から調査が始められていた澁谷家。

2020年には建物が国の有形文化財に登録され、3年前には、鎌ケ谷市が建物を含む敷地を購入。

澁谷家住宅の保存と活用の方針を定めた保存活用計画を策定し、広く市民に共有するために全文をネット公開し、見学会を毎年数回開催しています。

主屋の左の広い玄関(ゲンカン)は、中の間(ナカノマ)、奥の客間(オク)へ通じる古く格式のある空間。

右手の入り口を入ると、広い土間(ドマ)の上に太い梁に支えられた棟高9m以上の天井空間が広がり、壮観です。

鎌ケ谷市佐津間で200年の時を刻む 国登録有形文化財・澁谷家住宅
オクの付書院(つけしょいん)
鎌ケ谷市佐津間で200年の時を刻む 国登録有形文化財・澁谷家住宅
ドマの上部。瓦型鉄板葺に改修前の茅葺屋根が見える
右手の入口を入ると広いドマ(写真提供/鎌ケ谷市教育委員会)

残る中央部も、増築・改修された風呂場や台所(チャノマ)、居間(ザシキ)などが、つい20年前まで続いていた家族の日々、暮らしぶりの変化などを、家自らが物語ってくれます。

澁谷家住宅が佐津間の語り部になって、江戸時代から今に至る人々の暮らしぶりを少しずつ市民に伝え始めています。

問い合わせ
電話番号/047-445-1528
鎌ケ谷市役所 文化・スポーツ課

「国登録有形文化財澁谷家住宅保存活用計画」
詳細はこちら/https://www.city.kamagaya.chiba.jp/kanko-bunka-sports/bunka/sibuyakehozonnintei.files/honbunsibuya.pdf