ふくちゃんバスは、地域住民の生活の足となるために考えだされた、富来田地区独自の公共交通システムです。
2020年7月1日から始まった試行運転から約1年。ふくちゃんバスの運行は、交通の便の他にも、ある効果をもたらしたようです。
公開 2021/05/05(最終更新 2023/12/26)

花
48歳で普通自動二輪免許を取得したへっぽこアラフィフ主婦ライダー。千葉は魅力的なライディングスポットがたくさん!取材と称してソロツーを楽しんでいます。【ブログ】https://ameblo.jp/ohana-hann/
記事一覧へ目次
ふくちゃんバス誕生の理由とは。何が画期的なの?
運賃をとって人を運送できるのは、事業用自動車と呼ばれる、緑色のナンバープレートをつけた車だけ。白色のナンバープレートをつけた自家用自動車が、運賃をとって乗客を乗せる行為は違法です。
しかし、国土交通大臣に「自家用有償旅客運送」の申請をして登録されれば、自家用車が運賃を取り乗車させることができるのです。
自家用有償旅客運送に登録されるためには
■交通空白地(駅やバス停が一定の距離の範囲内にない地域)であること。
■地域の関係者が組織する会議で、運行の必要性や内容が合意されること。
■市町村・NPO法人などの団体が運行の主体となること。
などの条件があります。
そこで、富来田地区まちづくり協議会は、自家用有償旅客運送の登録を受けるため、市民の代表や交通事業者、有識者などで組織された公共交通に関する協議会(木更津市地域公共交通活性化協議会)に合意を得て、2020年5月に国土交通大臣に自家用有償旅客運送の登録を申請、6月22日に登録されました。
こうして自家用車でありながら運賃をとって人を運ぶことができる、富来田地区独自の交通システム「ふくちゃんバス(愛称)」が誕生します。
この取り組みは木更津市では初めて。2020年7月1日から2021年6月30日までの1年間を試行期間として運行しています。
こちらは市から貸与された、軽自動車のふくちゃんバス。
富来田地区は山間に住居が点在していて、軽自動車でないと通行が困難な道が多いことから選ばれました。
現在、この1台を含む計4台のふくちゃんバスが、週2日運行しています。
過疎化が進み、公共交通機関も少ない富来田地区
富来田地区は木更津市の約1/3の面積を占める広い地域です。
それに対し住民数は、1996年4月の8135人をピークに、2021年4月現在5652人まで減少しています。
路線バスや電車の本数は少なく、しかも地区の中央しか走っていません。
駅まで出てくるのが大変な住民も多い中、利用者が少なくなったためタクシーの詰所が撤退しています。
さらに2018年、地区内唯一のスーパーが閉店すると、買い物に行く足のため自動車免許を返納したくてもできない高齢者も出てきました。
交通手段がない人にとって富来田地区は、暮らしにくく、不便な町に変わってしまったのです。
(資料:木更津市)
緑色の部分が富来田地区。東西には鉄道や路線バスが通っていないことが分かります。四角内の運賃は、ふくちゃんバスのもの。
こうした状況に立ちあがったのが、富来田地区まちづくり協議会でした。
ふくちゃんバスを運営する「富来田地区まちづくり協議会」とは
まちづくり協議会とは、地域の住民が行政の支援を借りながら、地域の問題解決に取り組んでいる自治組織です。
2021年4月現在、木更津市には11のまちづくり協議会があります。
富来田地区まちづくり協議会(以下「同会」)もその一つで、文化祭の開催や、ボランティア運営など、さまざまな活動を行ってきました。
地域の問題解決のために奔走していた同会は、買い物難民、通院難民の状態となっている地域住民のため、「アッシーくん」という、高齢者の無料運送サービスを2019年7月から2020年3月まで行いました。
期間中アッシーくんの利用者は延べ100人。地域住民の交通手段の必要性を実感したこの経験が、ふくちゃんバス導入へのきっかけとなりました。
ふくちゃんバスの運営は、運行管理や車の運転まで、全て同会メンバーが、有償ボランティアで行っています。
会長の石井さんは「地域のために自分たちが今できることを、懸命に実行しています」と話し、運行に携わるメンバーを「志を同じくする戦友」と呼びます。
「いつか自分たちもこのバスのお世話になる日が来ます。そのためにもふくちゃんバスを地域に定着させたい」とメンバーの一人は語りました。

ふくちゃんバスを体験。同乗させてもらいました
ふくちゃんバスは、富来田地区在住の事前登録をした人のみ利用できます。利用登録した人の自宅から目的地まで運行し、行先が同じ方向の人が同乗することもあります。
利用は電話予約制。予約を受けると同会は行先や送迎先を考慮した運行ルートを作り、運行計画を立てます。
今回ふくちゃんバスを体験すべく、家から一番近いスーパーに食料品を買い出しに行くという、利用者の久保田さんにお願いし同乗させて頂きました。

久保田さんは週1度ほどふくちゃんバスを利用して、買いだめをするのだそう。運転手の脇坂さんは、定年退職されるまでタクシーの運転手をしていたベテランドライバーです。
当日、ふくちゃんバスは富来田公民館を出発し、久保田さんの自宅へ向かいます。
久保田さんの自宅を、予約した10時30分に出発しました。
道中の景色です。
なかなか目的のお店が見えてきません。
「自宅から一番近くのスーパー」が遠く感じられました。
走り始めて10分。ようやくお店に到着です。脇坂さんによると、久保田さんの自宅からお店まで、約5キロの道のりだそう。
次の予約がないので、久保田さんが買い物をする間、ふくちゃんバスは駐車場で待機です。
家族の食卓を任されている久保田さんは、飲食店を家族で経営していた料理上手。スーパーで生鮮食品や野菜、油や米などを買い、隣にあるドラッグストアで薬などを購入し、30分程で買い物が終了しました。
膝を悪くしたため、お店をたたんだという久保田さん。バスの乗車も辛かったそうで、家まで送迎してくれるふくちゃんバスに助けられていると話してくれました。
久保田さんを自宅まで送り届け、運賃をチケットで支払ってもらいます。
チケットは車内で販売。行先で必要な枚数は異なります。
脇坂さんは富来田公民館に戻り、本日の業務は終了。公民館出発から終了まで、1時間を少し過ぎる位でした。
5キロの道のりを買い物に行くのは、高齢者の方でなくても難しいでしょう。自分でも車がなかったら、この買い物をどうしたらいいのだろうと思わずにはいられませんでした。
高齢者の自由と尊厳を守るふくちゃんバス
富来田地区まちづくり協議会によると、利用者の行先は、ほとんどがスーパーや病院などの生活に直結する場所だと言います。
ふくちゃんバスの運行管理責任者、鴇田さんは「高齢者の方が、こちらが恐縮するほどお礼を言ってくれるんです。それほどふくちゃんバスが必要とされているんだなと実感しました」と話します。
この1年で地域住民の大切な足となったふくちゃんバスは、交通手段の他にも高齢者の方にさまざまな効果をもたらしました。
ひとつ目は、ふくちゃんバスの車内が、乗り合わせた地域住民の交流に一役かっていること。老人クラブを脱退した人たちが再会し、昔話に花を咲かせることもあるそうです。また「普段だれとも話さないので、お喋りできるのが嬉しい」「声の出し方も忘れそうだった」と話す独居の高齢者もいたとか。
次に、高齢者の方が自分で店に行き、商品を選んで支払いをしたり、病院で診察を受け、支払いや薬を受け取ったりすることで、いきいきとすることです。利用者の表情が明るくなり、自信が見られるようになったと同会の皆さんは語りました。他にも交通手段が確保できたことで、運転免許を返納する高齢者の方も増えたといいます。
また、しばらく申し込みがない利用者には、電話や訪問をして安否を確認するなど、ふくちゃんバスは高齢者の見守りにも貢献していました。
会長の石井さんは「高齢者の方を迎えに行ったとき、おしゃれをして待っていらしたのを見て、自由に外出できる喜びが大きいのだと胸を打たれました。自分で商品を選んで買い物がしたいのは、高齢者の方も同じです」と話します。
まとめ
好きな時に好きな場所に外出できる喜びや、自分で商品を選んで買い物をする自由、人とおしゃべりをする時間が、いかに大切かが改めてわかりました。高齢者の方からこれらを奪ってはいけない、ふくちゃんバスと富来田地区まちづくり協議会の皆さんが与えているのは交通の便だけではないのだなと感じました。
取材を終えて帰ろうとすると、ふくちゃんバスの登録希望者が、富来田公民館を訪ねて来ました。
ふくちゃんバスの登録者は、2021年4月22日現在65人。
「人数が増え、運行は大変ではないですか?登録を締め切ることはあるのですか?」と鴇田さんに尋ねると
「それだけふくちゃんバスが必要とされているということです。これからもできる限り申込者を受け入れて、頑張って運営していきますよ」と答えてくれました。
ふくちゃんバスは2021年6月30日に試行運転を終え、7月から本格導入となる予定です。
既存の交通手段との共存や、料金設定など課題は残りますが、地域住民の自由と安心を守るため、これからもふくちゃんバスが走り続けてくれることを願います。
ふくちゃんバスに関する問い合わせ
富来田地区まちづくり協議会(窓口:富来田公民館)
住所/千葉県木更津市真里谷110
電話/ 0438-53-2027
木更津市企画部地域政策課
住所/千葉県木更津市富士見1-2-1
電話/ 0438-23-7426