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藤井フミヤさん単独インタビュー 歌のタイムマシーンで80年代へ「いつでもあの頃に戻れるよ」

80年代を一世風靡したチェッカーズのボーカルとして駆け抜け、

今はソロシンガーとして絶大な人気を誇る藤井フミヤさん。

当時の思い出や心を元気づける歌の力について語っていただきました。

藤井フミヤさん

藤井フミヤ さん
1962年、福岡県生まれ。’83年にチェッカーズのボーカリストとしてデビュー。’93年「TRUE LOVE」をリリースし、以降ソロアーティストとして活動。現在開催中の全国ツアーで、バンド開催以降封印してきたチェッカーズ初期の楽曲を披露。変わらぬ人気ぶりが話題を呼んでいる。

 

※こちらの記事は、ちいき新聞2021年6月11日発行「愛しの80年代特集号」に掲載された内容を再編集してお届けします。

やることなすこと全部流行った時代 カッコイイもの探して遊びに出かけてた

80年代はいわゆるバブルで、日本中が好景気に浮かれてた感じだったけど、山本寛斎さんや川久保玲さん、山本耀司さんなどの日本のファッションデザイナーが世界に進出したり、ウォークマンとかラジカセ、オーディオ家電っていうのかな、それが世界のどこの国に行っても見かけるようになって、日本のカルチャーとかブランドに誇りを感じてた時代だったね。

あの頃は歌番組が多かったから、チェッカーズは毎週4~5本のレギュラー番組を持っているようなものだった。どんどん人気が出てきて、いつだか朝の帯番組に1週間連続でゲスト出演した時は、見に来る女の子たちの列が日に日に増えていって、最終日は後ろが見えなくなるくらいになっちゃって。

そういう熱狂的な人気もね、ポジティブに受け止めてたよ。当時も写真週刊誌とかあったけど、気にせず夜な夜な遊んでた。

あの頃、俺たちがやることなすこと全部流行るから、逆に「次は何を流行らせようか」って、最先端の面白いもの、カッコイイものを探しまくってた。「ウェブで検索」じゃないよ。デザイナーやクリエイターの友達に会いにクラブとかに行くわけ。「SNSでシェア」もないもん、会わないと何も始まらない。電話だって家の電話だしね。電話してみてさ、「出ない。じゃあ、あそこにいるかな」って。彼らに会うために遊びに出かけるの。

音楽も、何千曲も持ってる人はDJくらいしかいなかった。DJがいい音楽探してクラブで流して、それでみんなが知るような時代。それが今じゃ、1人のスマホに何万曲って入るもんね。どこかにわざわざ探しに行く必要もない、瞬時に出てくるしね。

スマホもケータイもない時代 日本のポップスには個性があった

ほんと、当時はスマホどころかケータイもないから、デートの待ち合わせもすれ違ったり、会えないこともあったよね。「家でずっと電話待ってたんだよ!」って言われたり。

そういえば、いちど、渋谷の映画館の前で美空ひばりさんと待ち合わせしたことあるんだよ。完全プライベートで映画観たの。そんなに騒ぎにもならなかったよ。懐かしいな。

あの頃の歌謡曲、日本のポップスには個性があったよ。プロの作詞・作曲家が作ってたし、ちょっとドキドキするような際どい歌がいっぱいあって、そういうのを歌っても平気だったんだけど、今は全体的にヘルシー路線なのかな(笑)。

音楽って基本的には恋愛なんだよね。世の中にはいろいろな芸術があるけど、その中で唯一、愛に満ち溢れた表現じゃないとウケないのが音楽なんですよ。音楽はモーツァルトとかショパンの時代から愛を奏でてるわけ。それと音楽は同じ歌を何度も聞き直すでしょ。だから身近なんだよね。自分の感情に置き換えて、「自分の歌」って思えるところがね。

いま80年代が注目されてるの? だいたい親世代に流行ったものは、その子どもが大人になる頃に再燃するからね。昔の山口百恵さんみたいに、色気のある若い歌手が色っぽいドレス着て歌うのなんて、今やっても流行るんじゃない? MV(ミュージックビデオ)も昭和っぽくしてさ。

聞くと心があの頃に戻る、歌はタイムマシーンだね

席数を半分に減らしたコンサートツアーで、みんなの心を元気づけたくてチェッカーズ初期の楽曲を解禁したんだけど、みんなの「キャー!」って歓声が聞けないのが本当に残念。マスク越しでも感激して泣いているのは見えるんだけど。みんなも一緒に歌いたかっただろうね。でも、コロナでいろいろ我慢して大変な状況で、みんなの心を元気づけたくてやることにしたわけだから、仕方ないことなんだけどね。

懐かしい歌を歌ってると、当時の客席の子たちは髪にリボンして、ポニーテールも多かったな~とか思い出したりして。今はね、声が出せないから光るグッズがマストアイテムだね。あれがないと本当、寂しいもんよ。

80年代流行のヘアスタイルのイラスト
フミヤさんのヘアスタイルが大流行した80年代。女の子はポニーテールや聖子ちゃんカットが人気

 

シンガーとしては、こうやって何十年も歌っていけるヒットソングがたくさんあるのは、ありがたいよね。昔から、すごいポップなものに惹かれてて。ミック・ジャガーもポール・マッカートニーも、若い頃に売れたヒットソングを今もずっと歌い続けてる。シンガーの性(さが)っていうか、そういうヒットソングが俺の場合たくさんあるから、ありがたいよ。

コンサートに来たお客さんもみんな高揚した笑顔で、充電した感じで帰っていく。やっぱり、歌にはそういう力があるよ。当時の曲を聞くとね、あの頃を思い出すっていうより心が戻っちゃうの。タイムマシーンだね。

ステージが俺の居場所でありライフワーク コンサートは異次元空間

俺自身も久し振りのコンサートで、ああやっぱりここが俺の場所だ、ステージで歌うことがライフワークであり人生であり、なんて幸せな仕事なんだろうって思ったよ。ずーっとやってきたけど、こんなに幸せな仕事してたんだな、って。

チェッカーズの歌はもう体に入ってて、練習しなくても歌えるね。キーやテンポは多少、いまカッコよく歌えるように調節してます。歌声が変わらない? 喉が強いのは両親に感謝だね。まあ、普段から風邪とか引かないように気を付けてますよ、どんなに美人でも咳をしてたら近寄らないっていうね(笑)。

とにかくコンサートっていうのは異次元空間なの。自分だけが作ってるんじゃなくて、お客さんがいて初めて成立する空間。まるで会場そのものが宙に浮いてる乗り物みたいに、日常とは違う時間と空間をお客さんと一緒に楽しんで、終わってドアを開けたらまた日常に戻る。それで「また頑張ってコンサートに行こう」って思ってもらえたらうれしいし、そのためにやってるところもあるからね。

ファンの人たちも、女性が多いから言うんだけど、なんかさ、母親がいくつになっても少女みたいにワクワクしておしゃれしてコンサートを観に行くの、そんなお母さんがいるっていいよね。母親が明るいと家庭内も明るくなるもん。

ファンに言いたいことは一つ 「俺をちゃんと看取れよ」

これからのこと? 健康であればいいって思ってる。アントニオ猪木さんじゃないけど、元気があれば何でもできる(笑)。俺はお酒も毎日飲むしジムにも行かないけど、体重はデビュー当時と全然変わらないの。あんまりストイックにならないようにしてる。「こんなもんか」っていう気楽さがないと、人生楽しくないでしょ。ストイックでもないし、ナルシストでもない。

昔は50歳で引退とか言ってたんだけど、いま58歳で、60近いけど全然考えられないね。でも元気にガンガンやれるのは、あと10年くらいじゃない? とりあえず、いま歌とアートの2つが充実してできているので、この2つをいつまでもやっていけたらいいなとは思ってる。風貌はそれなりに変わっていくと思うけど、渋いオヤジから渋いジイさんになって、どう歌っていこうか。ま、歌えるところまで歌うんじゃないかな。

ファンも一緒に年取っていくわけだけど、今言いたいことはさ、俺は彼女たちに今までいっぱいいろんなことを教えてきたわけ。音楽にファッション、本とか映画とか。だから今度は君たちが俺の面倒を見なさいと。

最後は「俺をちゃんと看取れよ」って言いたい。それには、ファンにも元気に健康でいてもらわないと、ね。

元気で、またコンサートで会いましょう。

 

▼藤井フミヤさんの最新情報はオフィシャルサイトで!

https://www.fumiyafujii.net/

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この記事を書いた人

編集部 信太

編集部所属の取材記者。埼玉県の担当です。仕事熱心といわれますが、おいしい珈琲を飲ませないとポンコツです。読み方はシンタでもノブタでもご自由に♪

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