江戸時代、鎌ケ谷市の一部を含む小金牧では、幕府に献上する軍馬を育成していました。明治になり1869年に廃止されるまでの様子をお聞きしました。
公開 2026/06/26(最終更新 2026/06/16)
馬と牧と牧士江戸時代の様子
馬は古くは輸送や農耕、軍馬として重要な存在でした。
安定的に軍馬を確保したかった江戸幕府は、現在の千葉県に直轄の牧(放牧場)を設置。
北西部に広がる小金牧には、鎌ケ谷市の一部も含まれていました。
1862年ごろ、小金牧には約1000頭の野馬(のま)がいたそうです。
馬が牧から出て村の畑を荒らさないよう、野馬除土手が築かれていました。
牧の管理を任されていたのが、有力農民から選ばれた「牧士(もくし)」と呼ばれる人たちで、職務中は士分格(しぶんかく)(苗字帯刀・乗馬・鉄砲所持)が許されていました。
主な仕事は、良い馬を幕府へ献上すること。
そのため日課として野馬の飼育状況の把握、死んでいたり病気にかかっていたりする馬がいないかなどの確認、野馬にとっての害獣(野犬やオオカミなど)の駆除、水飲み場の確保などを行っていました。

「小金牧大絵図」市指定文化財に
年に1回、野馬捕(のまど)りという行事がありました。
調教しやすい三歳馬を選別するため、野馬を「捕込(とっこめ)」と呼ばれる土手で仕切った区画の中へ追い立てたそうです。

野馬捕りには江戸からも多くの見物客が訪れ、周りには茶屋なども出たとのこと。
指揮は牧士が行いました。
小金中野牧・下野牧の牧士を代々務めてきた三𣘺(みはし)家から鎌ケ谷市教育委員会に寄贈されていた「小金牧大絵図」が、このたび市指定文化財に指定されました。


作成時期は江戸後期。
牧士が牧を管理する上で必要な情報が描かれ、江戸時代後期の牧を知る上で貴重な史料であるとの評価から指定されました。
市郷土資料館で実物を今年度中に公開する予定とのことです。
(取材・執筆/福)
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