ちいきの、こえが、みえるサイトチイコミ

検索 メニュー

千葉県が誇る屈指の伝統文化 白浜町の海女さんを取材しました

南房総市の白浜町は、脈々と海女文化が受け継がれる地域。

現在でも約200人の海女と海士(男性のあま)が漁を行っています。

 

平野美乃さんもその一人。高齢化が進む海女の世界で、40代の平野さんは若手のホープです。

 

海女の平野さん

▲普段は着ることのない白装束。この日は特別に

5月から始まる海女のシーズン

5月1日〜9月10日、白浜町の海では海女による漁が行われます。

現役海女である平野さんも小さい頃から海女漁を間近に見てはいたものの、まさか自分が海女になるとは思ってもみませんでした。

「結婚してから、長く主婦をしていました。それがこんなに海女の仕事にハマるなんて、私自身もびっくりしています」と笑います。

 

 

普段は伝統的な海女装束は着用しない

▲目立つオレンジの服は、海での安全を確保する役割が。

 

海女になったのもひょんなことから。

「子どもと磯で遊んでいるのを見た親戚の海女さんが漁に使う『まげ樽』をくれたんです」。

まげ樽とは、海女が浮き代わりに使う道具。

ならばと自前のフィンを着け、まげ樽を抱え、見よう見まねで潜っていたら、偶然そばを通った海女が「本当にやりたいなら海女小屋においで」と誘ってくれたそう。

 

身一つで海中に潜り、漁をする海女の技術は「見て覚える」のが基本。平野さんの海女デビューも先輩の動きを観察することから始まりました。

まず苦労したのが深く、真っすぐに潜ること。当初は、自身の身長分を潜ることさえもままならなかったと話します。

手応えを感じ始めたのは5年たった頃。

 

「それまではサザエもちょっぴりしか採れなくて。でも潜れば潜るほどコツが分かり、成長を感じるのが楽しくて、気付けば海女を始めて11年がたちました」。

 

今では、1回の漁で5㎏ 前後のあわびやサザエを採るほどの腕前になりました。

昔から受け継がれた貴重な海女の道具

白装束のイメージが強い海女ですが、白浜では現在上下に分かれたウエットスーツにオレンジの上着を着用します。

一方で、道具は昔ながらのものばかり。

中でも、海女になるきっかけとなったまげ樽は、平野さんにとって宝物。

職人がもういないため、壊れたら二度と手に入らないのです。

 

海女の道具

▲平野さん愛用の海女道具。中央にあるのがまげ樽。道具の総重量は約15㎏とかなりのもの。

 

その他の道具も、人から譲り受けた品がほとんど。

岩から貝を剥がすときに使う「磯がね」は、岩棚の奥の貝を採るのに使う鉤状(鉤のように曲がった形)のものなど3種類。

海中での目印に使うこともあり、シーズン前に柄も刃も白く塗り直すそう。

 

また、獲物を入れる網(たまり)は、まげ樽の下に付けて持ち運ぶなど、漁をスムーズに行うための知恵と工夫が随所に見られます。

 

「全国的にも希少になりつつある海女の文化を、次世代にも残したい。

2人の娘が、いつか海女さんをやりたい、と言ってくれているのでその日が楽しみです!」と平野さん。

 

 

海女祭りの模様

▲去年の海女まつりは2人の娘さんと参加

 

毎年夏に行われる「海女まつり」では、伝統的な白装束を身にまとった海女たちが華麗なる遊泳を披露します。

 

2020年は中止となってしまいましたが、来年、再来年とその伝統は受け継がれていくことでしょう。

 


■問い合わせ

0470-33-1091(南房総市観光プロモーション課)

 

この記事を書いた人

編集部 テラモト

WEB編集者。千葉市生まれ、千葉市在住のアラフォー。編集プロダクションなどを経て「ちいき新聞」編集部へ。甘いものとパンと漫画が大好き。私生活では5歳違いの姉妹育児に奮闘中。★Twitter★ https://twitter.com/NHeRl8rwLT1PRLB

編集部 テラモトの記事一覧へ

このページのトップへ