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【市原市】文学作品「更級日記」に触れてみよう!平安貴族の女性の心の内とは? 

千葉県市原市にある「上総更級公園」「更級通り」、そしてJR五井駅東口付近にある菅原孝標女の像。

市原市は『更級日記』とどんな縁があるのでしょうか。

更級日記「菅原孝標女の像」
▲JR五井駅東口付近の中央分離帯にある菅原孝標女の像

平安時代、現市原市にあった「上総国府」

平安時代に菅原孝標女が書いた作品が『更級日記』。

当時、日本は66の国に分けられており、その一つ「上総国」がここ、千葉県市原市にありました。

その国司(中央政府から派遣された地方官)だったのが菅原孝標です。

父の任務が終わり、上総国から京の都へ向かう旅立ちの日から文章が始まる『更級日記』を、小中学生でも読みやすい現代語訳で綴った『ストーリーで楽しむ日本の古典 更級日記』(濱野京子著)から、内容の一部を紹介します。

▼参考図書
『ストーリーで楽しむ日本の古典 更級日記』

 著・濱野京子/絵・佐竹美保/岩崎書店

更級日記「本表紙」

千年前の秋に、上総から京へ

文学作品『更級日記』 地図

一行が上総国を出発したのは1020年9月3日(旧暦)。

「いなかの暮らしというのは本当にわびしくて」「東国のひなびたところで、都の様子に思いをめぐらしながら」とあり、当時の市原市の田舎ぶりが分かります。

一方で、「旅立つ時を迎えてみると…(中略)寂しさがしみじみと胸にせまってきました」と、去り際の切なさが伝わってくる一文も。

門出の際、吉日を選び家を出て、いったん近くの「いまたち」という所に移りましたが、そこは現在の飯香岡八幡宮のそばだったとの説があります。

宿はぼろぼろだが、野原や海が見える眺めは美しかったそうです。

それから徒歩と舟で数々の国を経て、約3カ月かけて都へ戻るまでの出来事、自然の美しさと厳しさが、和歌を交え表現されています。

「武蔵の国」で知った「竹芝寺」という、身分違いの男女の幸せな恋物語も盛り込まれています。

後半は、都へ戻ってからのこと。

疫病の流行、継母や姉、かわいがっていた猫など愛する者たちとの別れ、それを癒やしてくれた『源氏物語』との出合いなど、生涯の悲喜こもごもが記されています。

同日記は、都へ戻り何十年もたってから書かれた回想記。

旅立ちの時は満12歳くらいで、物語が大好きな少女であったことがうかがえます。

平安時代を生きた貴族の女性が、どんなことを感じ考えていたか、現代の生活とは違う苦労、また通ずるところに注目してみるのも面白いです。

更級日記「菅原孝標女」
▲菅原孝標女

市原市関連イベント

「更級日記千年紀文学賞創設」
「更級日記千年紀オリジナルブックカバーを作成」

※詳細はHPで確認を

 

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この記事を書いた人

兵庫県出身、市原市在住の主婦ライター。「こんなジブリグッズがあったらいいな」なんて想像を娘と延々と話している時間が楽しい。踊ることが好き。体は硬いけど。

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