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【佐倉市】現在も”みその産地”佐倉の歴史と伝統を受け継ぐ「ヤマニ味噌」。洋館付住宅も必見です

こんにちは、歴史好きの大学生、明里(あけさと)です。突然ですが、佐倉は「おみその産地」であることをご存知でしょうか?

城下町として発展した千葉県佐倉市。実は現在も「味噌部屋」という地名が残るほど、かつては多くのみそ醸造業者が存在しました。しかし、現在も残っているのは「ヤマニ味噌」だけ。

100年以上、佐倉みその歴史を受け継ぐ「ヤマニ味噌」の歴史と貴重な建物をご紹介します。

佐倉はおみその産地

「佐倉はおみその産地です」

ヤマニ味噌のキャッチフレーズを広告などで見たことはありますか?

【佐倉市】現在も”みその産地”佐倉の歴史と伝統を受け継ぐ「ヤマニ味噌」。洋館付住宅も必見です

佐倉をはじめとした、日本各地の城下町(仙台、名古屋など)にはみそ文化が発展した地域がたくさんあります。風土を活かした味噌文化が栄え、寒い仙台では塩分が多くしょっぱい米みそが、大豆がよく採れた名古屋では大豆をメインとした豆みそが発達したそうです。

戦国時代から現在に至るまで、みそは貴重な栄養源です。人間にとって塩分は必須ですが、塩を運ぶことは大変。なぜなら、塩は水に溶けてしまうからです。しかし、みそにすることで効率よく塩分摂取をすることが可能になったため、基礎調味料として重宝されてきました。

江戸時代、佐倉は「江戸勝り」と呼ばれるほど房総最大の城下町として栄えました。現在は、佐倉城址公園として整備されています。

米、大豆、そして行徳の塩など、豊富な原料が手に入る佐倉ではみそづくりが盛んに行われました。そのため、何社ものみそ醸造業者や米麴の製造業者が存在したそうです。

しかし、転機が訪れたのが昭和10年代。
明治42(1909)年、佐倉城の跡地には「佐倉連隊」と呼ばれる、大日本帝国軍の連隊のひとつが置かれました。その後、戦争の時代へ突入。みそ醸造が厳しくなっていきます。

徴兵のためにみそ造りの職人達も戦地へ赴く必要があったからです。しかし、ヤマニ味噌は、佐倉連隊に専属でみそを納めて欲しいと、「御用味噌蔵」の指定を受けました。そして徴兵により欠けた職人たちの役割を、佐倉連隊の兵士が補ってくれたため、事業を継続することができたそうです。

戦乱を乗り越え、現在も営業しているみそ屋は「ヤマニ味噌」のみ。「佐倉はおみその産地です」というキャッチコピーには、戦争の時代を期に閉店せざるを得なかった、佐倉市内の多くのみそ屋の思いも込められているのです。

佐倉城の近くには「みそべやの坂」という坂があります。かつて、坂の下にみそなどを蓄える佐倉藩の備蓄小屋(味噌部屋)が並んでいたことから由来しているそうです。

ヤマニ味噌の歴史

明治20(1887)年。千葉懸佐倉町(現在の千葉県佐倉市)において「ヤマニ味噌」は創業しました。当時はみそは「買うもの」ではなく「つくるもの」だったそうです。どの家庭でも、麹からみそを仕込む作業を行ってつくっていました。

初代創業者・藤川己之助の家は、麹造りを生業としていましたが、「これからは、各家庭でみそをつくらない時代が来る」と考え、麹屋からみそ屋へ転身。他のお店に先駆けて、ヤマニ味噌の前身である「藤川己之助商店」を創業しました。

昭和20年代前半、年が明け一番最初に味噌の出荷を行う「初荷」の様子(写真提供:ヤマニ味噌)
▲昭和20年代前半、年が明け一番最初に味噌の出荷を行う「初荷」の様子(写真提供:ヤマニ味噌)

時代を先読みした結果、100年以上続く「佐倉のみそ」の歴史が完成したのですね。

ヤマニ味噌では、現在も明治期の貴重な帳簿、ポスターが残されています。

【佐倉市】現在も”みその産地”佐倉の歴史と伝統を受け継ぐ「ヤマニ味噌」。洋館付住宅も必見です

明治20年の創業以来、ヤマニ味噌では伝統製法「木桶仕込み」「種味噌仕込み」を守り続けています。大手企業では効率性を求めているため、ステンレス製のタンクなどでみそを製造しています。しかし、ヤマニ味噌では戦前からの木桶を利用して、1本で3600㎏のみそを仕込んでいます。

【佐倉市】現在も”みその産地”佐倉の歴史と伝統を受け継ぐ「ヤマニ味噌」。洋館付住宅も必見です

木桶が腐らないのか、と疑問を抱きましたが、みそは塩分濃度が高いため、菌が繁殖しません。今までみそが原因の食中毒は発生したことがなく、衛生的にも優れている食品なのです。

「種味噌仕込み」は新たなみそを仕込む際に、先に仕込んでいる「生きているみそ」を200㎏ほど掘り出して加える方法です。生きている菌を仕込むことで、創業当初から変わらない味を純粋に受け継いでいます。しかし、大変な作業であるため、現在もこの手法を採用しているみそ屋さんはほとんどなくなってしまったそうです。

伝統を守り続ける、ヤマニ味噌味は評判を呼び、県外からも多くの注文が入るほどだったといいます。

戦後は、佐倉のみそ文化を伝える唯一のお店として、時代の流れに合わせた躍進を続けてきました。

ヤマニ味噌の洋館付住宅と店舗

ヤマニ味噌は京成佐倉駅から徒歩10分ほど。成田街道として栄えた通りに面しています。

【佐倉市】現在も”みその産地”佐倉の歴史と伝統を受け継ぐ「ヤマニ味噌」。洋館付住宅も必見です

昔は成田山新勝寺へと向かう参詣客をはじめ、多くの人で賑わい、街道沿いには店舗が立ち並んでいたそうです。

店舗は戦前からある木造の建物です。昭和25年頃の写真と見比べても変わっていません。戦時中のB29の流れ弾が柱に現在も残っているそうですが、戦禍を免れました。

店舗入り口の左側。黄色の壁の洋風の建物が気になります。

【佐倉市】現在も”みその産地”佐倉の歴史と伝統を受け継ぐ「ヤマニ味噌」。洋館付住宅も必見です

昭和初期に流行した「洋館付住宅」と呼ばれるものです。

現在も、応接室として利用されています。

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縦長の上げ下げ窓は現在も稼働しています。大きな窓から差し込む光が、室内を明るく照らしていました。

立派な応接間を兼ね備えたヤマニ味噌の建物からも、その歴史を感じます。

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現在のヤマニ味噌の商品、これからの100年に向けて

令和2(2020)年の春、ヤマニ味噌ではリブランディングの一貫として、昨年、デザインやホームページなどの全面リニューアルを行いました。伝統を守りつつ、時代の変化に合わせて新たな100年先を目指しているとのことです。

新たなキャッチコピーである「百年前から、発酵中」は、まさにヤマニ味噌の特徴である「種味噌仕込み」を表現しています。

また、リニューアルすることで、「佐倉のみそ」の代表・ヤマニ味噌としてだけでなく、ヤマニ味噌の独自性を全国に向けて発信したいと考えています。

元祖ヤマニ味噌の味、定番のみそは「菜の花味噌」です。千葉県の花である菜の花が名称となっています。

【佐倉市】現在も”みその産地”佐倉の歴史と伝統を受け継ぐ「ヤマニ味噌」。洋館付住宅も必見です

現在一般的に好まれるのは「花こうじ味噌」です。発酵時間が浅い白みそは、どんな具材でもバランス良くおいしいと評判です。塩分控えめのみそや、千葉県産の原料を使っているみそなど、ニーズに合わせて新商品が登場しています。

昨年、ヤマニ味噌も新型コロナウイルスの影響を受けていました。飲食店や給食など業務用の注文が減少してしまったからです。しかし、巣ごもり需要で、みそを求めに来店する一般のお客さまは多いようです。

【佐倉市】現在も”みその産地”佐倉の歴史と伝統を受け継ぐ「ヤマニ味噌」。洋館付住宅も必見です
▲今回私が購入したヤマニ味噌の商品です

店舗に訪れるお客さまは、3世代、4世代にわたってヤマニ味噌に親しんでいる、地元の方が多いですが、佐倉から離れた方にとっても忘れられない味となっているそうです。佐倉市内で育った方にとって、ヤマニ味噌は「ふるさとの味」なのかもしれません。

「佐倉はおみその産地です」
千葉県内に住んでいる方でも意外と、佐倉のみそ文化を知っている方は少ないのではないでしょうか。
130年以上受け継がれてきた老舗みそ屋「ヤマニ味噌」。佐倉の城下町の歴史散策と合わせて立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

また、インスタグラムで随時情報発信している他、ホームページで通信販売も行っているので、こだわりのみそを試してみたい方はぜひのぞいてみてください。

ヤマニ味噌

住所/千葉県佐倉市並木町33

営業時間/10時30分~17時00分

定休日/日曜日

駐車場/2台ほど

アクセス/京成本線「京成佐倉駅」徒歩10分

問い合わせ/ 043-485-4111

HP/https://www.yamanimiso.jp/

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この記事を書いた人

明里

女子大生。レトロな商店街や遊廓史などに興味があり、千葉県を中心に日々各地を探索しています。ブログ「Deepランド」で地域の小さな歴史や建物などを紹介中。https://deepland.blog/

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