「ごめんね、ごめんね~」でおなじみのU字工事は今年でコンビ結成20年。栃木弁全開&栃木あるある満載の漫才からも、地元への愛をひしひしと感じるお二人に、出会いから栃木での思い出までたっぷりと語ってもらいました!
※2020年3月11日取材

| U字工事(ゆーじこーじ) |
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| 福田薫(ふくだかおる)1978年那須塩原市出身 益子卓郎(ましこたくろう)1978年大田原市出身 2000年にコンビ結成。08年のM-1グランプリ決勝進出を機に全国区へ。11年に漫才協会入会。17年には第28代真打ちに昇進。とちぎ未来大使としても活躍中。 |
U字工事さんから、「ちいき新聞」&「ちいき新聞web」読者にメッセージをいただきました!
まずはこちらをご覧ください♪
※こちらの記事は、「ちいき新聞」(一部エリアを除く)で掲載された記事を再編集してお届けします。
公開 2020/04/15
編集部 モティ
編集/ライター。千葉市生まれ、千葉市在住。甘い物とパンと漫画が大好き。土偶を愛でてます。私生活では5歳違いの姉妹育児に奮闘中。★Twitter★ https://twitter.com/NHeRl8rwLT1PRLB
記事一覧へ高校時代から名コンビの二人
福田さん
益子と会ったのは高校の時ですね。ぼくはラグビー部だったんだけど、部活中に、ちょっと太ったタカナシ君って子と漫才を始めたら楽しくて。それでもっとやりてーなーって思って同じクラスの連中に声かけたんだけど、みんな「やだよ、やだよ」つって。で、最後に声掛けたのが益子なんです。まさに残り物に福がある。
益子さん
福でもねえけど(笑)。あんまりにもみんなに断られてるから気の毒だなって。友達の前でやるだけだし別にいいよって言ったんです。授業中にネタを書いて、昼休みに4、5人の前で発表っていうのを毎日やりました。お互いの家もよく行き来しましたね。川行って魚を採ったり。
福田さん
ラグビー部の練習場が蛇尾川の河川敷だったんです。山岳部の益子もなぜかよく来ていて、練習もせずに遊んでました。
益子さん
休みの日に河川敷でバーベキューしてたら、急に川からおじさんが出てきて、銛に刺したざりがにを、鉄板の上に置いて帰ったよな。
福田さん
フランス料理だっつって。
益子さん
さすがに食う勇気はなかった(笑)
福田さん
高3の夏休みに、民放の演芸番組で素人大会があるって聞いて。お前らやってみろって周りにあおられて、「じゃあやってみっか」ってオーディション受けたんです。
益子さん
20組くらい受けた中で、ぼくらは審査員満場一致で出演決定。
福田さん
素人だから司会者も芸人さんも「面白いね」って優しくしてくれて「オレら、すげえな!」って。そこから勘違いが始まりました(笑)。
益子さん
田舎に住んでたから、ジャスコとかコンバインとか、意識しなくても当時からそんなワード満載で。
福田さん
最初は栃木弁でやってなかったんです。方言押しなの?って言われっけど、若くてとんがってたから「オレらそんなんじゃねーし」って反発(笑)。
益子さん
でも20歳くらいのときに、尊敬する先輩の浅草キッドさんから、栃木弁でやった方がいいってアドバイスをもらって、この方向で行くことに決めました。
福田さん
大学進学のために2人で上京したんだけど、はじめの1カ月で7㎏くらい痩せてしまって。大学の食堂も緊張するから益子の家で納豆ご飯とか食ってました。
益子さん
おめえ落ち込むとなぜか、実の親じゃなくて宮城のおばさんの家に電話してたよな。「ちょっと落ち着いたわ~」って(電話を切るマネ)。
福田さん
(笑)
益子さん
「ごめんね、ごめんね~」も実は東京に来てから生まれたんです。バイト先の友だちのウエキくんの口癖だった。
福田さん
要するにパクリです(笑)。
益子さん
取り入れたんです。
福田さん
たまーに取材によっては、漫才中に突然、ぱっと出て生まれたフレーズなんです、なんていうときあるんですけど、今日は正直に言いましたね(笑)。
酪農にお米…実は食の宝庫!
益子さん
地元にいた頃は栃木が好きでも嫌いでもなかったな。この環境が当たり前というか…。
福田さん
ぼくは家から車で5分の千本松牧場に行って、搾りたての牛乳飲んで、ソフトクリーム食べてってのが結構日常でした。でもこれって東京の人にとっては一大レジャーですよね。温泉も県内いたるところにあるんですよ。牧場も温泉も、こんな当たり前のように近所にあるのは、本当にぜいたくなことだって、東京来てから気付きました。
益子さん
景色も違う。(地元は)那須連山に囲まれたいいところだったんだなって上京して分かりました。あの那須からの吹きおろしの風、二荒颪も。
※二荒颪(ふたあらおろし)…栃木県の平地部に吹く乾いた北風
福田さん
通学はつらかったけど、今吹かれると懐かしいというか、「これだな」という感じがしますね。
益子さん
米もうまいですよ。
福田さん
こいつの家は黒羽町の両郷地区つって、米がおいしい地域なんです。遊びに行ったときに出てきた塩むすびが劇的なうまさだったよな。
益子さん
両郷米っていうおいしいお米で。
福田さん
都内の店でめし食べてもやっぱこの米にはかなわねえなって思いますね。
益子さん
あとは鮎が自慢ですね。
福田さん
川でめちゃめちゃ釣れるから、各家庭の冷凍庫にカチコチの鮎がゴロゴロしてる。
ライバルは茨城、バックに付いてるのは埼玉
益子さん
関東の中でもライバルは茨城ですね! デビュー当時、よく「茨城出身ですか?」って間違われたんですよ。一緒だよねって。一緒じゃねーべや。栃木は新幹線あるっしょって。
福田さん
逆に応援したいのは埼玉。どうしても栃木で育つと埼玉がバックにいる気になります。東京に行くとき、ちょっと通らせてもらう、みたいな。
益子さん
関東1都6県のうち、3位を千葉か埼玉で争うなら、ぼくらは埼玉に付きます。
福田さん
特に地元にいたころは千葉を通る機会はほとんどなかったから。
益子さん
今になって冷静に考えたら、千葉が上かなとも思いますけど。海も山も都市もあってバランスがいいしね。
発信することで地元を応援
福田さん
上京したての頃は、普通に話してるつもりでも出身地どこ?って聞かれっから、ああ、なまってんだ…ってちょっとショックでしたね~。この方言も、県南の人には「そんななまってないっしょー」って言われちゃうんですけどね、ほんとにぼくらこのしゃべりなんです。
益子さん
やっぱり栃木とか茨城で漫才するときが一番ウケますね。方言のニュアンスとか伝わりやすいんだと思います。
福田さん
逆に大阪でそれやっても何のリアクションもない。素手で戦ってる感じ。
益子さん
地獄ですね。でも、東京に出てきて多少なまりがマイルドになってるところはありますね、正直。
福田さん
とちぎテレビのロケで月に3、4回は帰るので、それで方言のリハビリをしてます(笑)。
益子さん
栃木でロケしてるとみなさん「頑張って」って声かけてくれるのがすごくうれしい。それには応えていきたいですね。
福田さん
普段の漫才で栃木のネタを披露したり、テレビで栃木のことを発信することが、ぼくらが地元にできることかなって。
益子さん
やっぱり栃木はぼくらの「軸」。東京でいっぱいテレビに出ると栃木の人が喜んでくれるから、それも大事にしていきたいですね。
