原点となった街やふるさとを著名人が振り返る「私のちいき愛」。今回は「ヤホー漫才」で人気を博し、現在では漫才協会の副会長と常務理事を務める「浅草の星」ナイツ。千葉に縁のあるお二人に当時の思い出をお聞きしました。 

ナイツ
塙 宣之(はなわ のぶゆき) 1978年我孫子市生まれ。
土屋 伸之(つちや のぶゆき) 1978年東京都生まれ、船橋市育ち。

2001年、ボケの塙とツッコミの土屋で漫才コンビを結成。内海桂子の弟子として活動。
漫才協会、落語芸術協会、三遊亭小遊三一門として寄席でも活躍中。

※こちらの記事は、「ちいき新聞」(一部エリアを除く)で掲載された記事を再編集してお届けします。

公開 2019/02/27

編集部 モティ

編集部 モティ

編集/ライター。千葉市生まれ、千葉市在住。甘い物とパンと漫画が大好き。土偶を愛でてます。私生活では5歳違いの姉妹育児に奮闘中。★Twitter★ https://twitter.com/NHeRl8rwLT1PRLB

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我孫子はとっても住みやすい町

ナイツ 塙さん塙さん

まあ、千葉というか、佐賀育ちなんですけどね。

ナイツ 土屋さん土屋さん

それ、いつも言うよね。佐賀(についての取材)のときは千葉生まれって言って逃げる(笑)。

ナイツ 塙さん塙さん

小学校の途中で佐賀に越したから我孫子にいたのは10歳まで。当時、同級生の間で「取手まで自転車で行けたら一人前」という共通認識があったのをよく覚えています。国道6号をずーっと走って橋を渡ると、取手駅前の東急が見えるから、そこがゴール。僕も挑戦したけど、途中で怖くなって引き返しちゃった。

船橋には大自然がありました

ナイツ 土屋さん土屋さん

僕は豊島区で生まれて、2歳から中学(古和釜中)卒業までを船橋市で過ごしました。北習志野の辺りですね。でも子どもだったから駅の方にはほとんど行かず、家の近くの山や林が主な遊び場。たまに蛇が出ると僕の代わりに祖母が戦ってくれて(笑)。空き地がいっぱいあったので野球もしましたね。アクティブな祖母の剛速球を打つために一生懸命だった。おばあちゃん子だったんです。あとはアンデルセン公園のアスレチックに出掛けたり、梨園で味覚狩りをしたり…。

ナイツ 塙さん塙さん

アスレチックといえば久寺家の方にアスレチックがあって、そこの常連でした。受付でゼッケンをもらって、ポイントを通過するとスタンプがもらえる。ぼくは三人兄弟の一番下だったから、兄貴たちに追い付きたい一心で夢中でやってました。

ナイツ 土屋さん土屋さん

ユーカリが丘に親戚の家があったのでそこにもよく行ってたな。当時からモノレールが走っていておしゃれな町並みでしたね。道中、八千代の牧場を通過するときに「くせえ!」って言いながら車の窓を開けてはしゃぐのもセットで。

大人になって分かった千葉のいいところ

ナイツ 塙さん塙さん

僕が育った「つくし野」は、区画整備された住宅街で、我孫子の中でも閑静な所。病院や公園、大型のショッピングセンターとか生活に必要な施設が近くにあり、子どもが伸び伸び育つのにいい環境だなあと。都心からもそんなに遠くないし。

ナイツ 土屋さん土屋さん

僕は趣味が競馬なので、大人になった今よく行くのは中山と船橋。どちらも場内の雰囲気が良くて大好きですね。例えば、焼き鳥屋のお兄ちゃんがレバーばかり焼いてる。なぜかというと、歯が悪いお年寄りが多いから軟らかいものがいいだろうって…。優しさを感じますよね。でも、千葉も行ったことのない場所がまだまだたくさんあります。

ナイツ 塙さん塙さん

ちょうど昨日、ロケで初めて東京ドイツ村に行きました。そこでやっていたのが「大中国展(※)」。

(※)…チャイナランタンフェスティバル

ナイツ 土屋さん土屋さん

ドイツじゃないのかよ!

ナイツ 塙さん塙さん

すごい攻めてる場所だなって。

千葉のことをもっともっと知りたい

ナイツ 塙さん塙さん

昨年6月に「我孫子市ふるさと大使」に任命いただき、1月から「東関東人図鑑」(J:COM)というローカルな番組も始まりました。だから今は我孫子のことをもっと知りたいですね。兄貴(※芸人のはなわさん)は佐賀、弟は我孫子をそれぞれアピールしていけたらと。

ナイツ 土屋さん土屋さん

じゃあこれからも千葉を応援していこう!

ナイツ 塙さん塙さん

そこはごめんなさいで。

ナイツ 土屋さん土屋さん

なんでだよ!(笑)