原点となった街やふるさとを著名人が振り返る「ちいき新聞」の新コーナー「私のちいき愛」。今回は「笑点」でも「秩父生まれ秩父育ち」を猛烈アピールの落語家・林家たい平さんにインタビューしました!「秩父はみんなのふるさと」と語る、その思いとは。

| 林家たい平さん |
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| 1964年、秩父市出身。武蔵野美術大学卒業。88年、林家こん平に入門。2000年、真打昇進。埼玉応援団(コバトン倶楽部)、埼玉県地域デビュー楽しみ隊隊長、秩父市観光大使。 |
たい平さんから「ちいき新聞」&「ちいき新聞web」読者にメッセージをいただきました!
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※こちらの記事は、「ちいき新聞」(一部エリアを除く)で掲載された記事を再編集してお届けします。
公開 2018/11/07(最終更新 2022/07/26)
隣近所みんなに育てられた少年時代
両親は忙しかったのですが、隣近所みんなで私を育ててくれました。向かいのパーマ屋さんで宿題やって、夕ご飯やお風呂にも入れてもらった。落語には長屋や人情噺が出てきますが、秩父で育てられた経験が「たい平落語」の中に生きています。
夏祭りの屋台の上で太鼓を叩く役に選ばれたくて、一生懸命練習した。「人一倍努力したことは必ずためになる」という経験も自分の支えです。
「落語」と「秩父」思いは同じ
「美術大学のデザイン科を出て落語家になんて、全く違う世界ですね」とよく言われますが、私は大学でデザインを学んでいなければ落語家になっていなかったと思います。3年生のときに、ラジオで5代目柳家小さん師匠の落語を聞いてハッとさせられました。デザインとは、人の心を元気にしたり幸せにするもの。「落語」という言葉を通して人の心にアプローチするのも、デザインの一つなのではと気付きました。
私は落語に出合って人生が豊かになりました。なので「一人でも多くの人に落語に出合ってもらうこと」が私の使命。落語以外のお仕事も枝を伸ばすためで、その先で「落語」という葉っぱを落としたいと励んでいます。
ふるさと秩父への思いも同じ。私がテレビでいつも口にすることで「行ってみよう」という方が増えれば恩返しになるかなと。秩父の人たちに「いつも秩父のことを話してくれてありがとう」と言われるのが、何よりうれしいですね。
来た人みんなのふるさとになれる
秩父は、どこか懐かしい、来た人みんなのふるさとになれるところ。人々は夏や冬のお祭りを楽しみに、実に慎ましやかに暮らしていて、観光地らしくない。そこが魅力です。名物のしゃくしな漬は、舌の肥えた笑点の師匠方にも好評です。
秩父に帰ったら必ずホルモン焼きを食べて、自分の中の秩父DNAを色揚げします。尻を叩かれたり背中を押されたり、ふるさとだからこその程よい緊張感があります。いつまでも謙虚でいられる。本当にありがたいです。
平成最後の秩父夜祭で夢が実現!
秩父は夏暑くて冬ひたすら寒い。昔から「秋蚕しもうて 麦蒔き終えて 秩父夜祭待つばかり」といって、1年耐えてきたものが真冬の極寒の夜に爆発する、それが「秩父夜祭」です。
あの屋台に乗ることは、秩父人の一生に一度の夢。東京に出た身なので諦めていましたが、今年、兄が住む上町町会の屋台の囃子手に認めていただきました。同行する大学生の長男に、父親の夢がかなう瞬間を見てほしい。私も、両親に見せることができて感無量です。
秩父夜祭とは

毎年12月2日、3日に催される秩父神社の例大祭。日本三大曳山祭の一つに数えられ、300年以上の歴史がある。「笠鉾2基と屋台4基の山車」は国重要有形民俗文化財、「秩父祭りの屋台行事と神楽」は国指定重要無形民俗文化財。2016年、「秩父夜祭」を含む「山・鉾・屋台行事」33件がユネスコ無形文化遺産に登録。
