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船橋市所蔵作品展「椿貞雄と清川コレクション」開催

12月2日から23日まで、令和2年度船橋市所蔵作品「椿貞雄と清川コレクション」が船橋市民ギャラリーで開催されます。

大正から昭和にかけて船橋に暮らし活躍した、地域ゆかりの洋画家・椿貞雄の画業を紹介する回顧展。

同時に、明治から昭和にかけて船橋で医業を営んでいた清川家が収集・保存した美術品など約250点が展示されます。

「入江(伊豆風景)」1928(昭和3)年
▲「入江(伊豆風景)」1928(昭和3)年 船橋市蔵

<目次>

・船橋ゆかりの洋画家・椿貞雄の生涯
└岸田劉生に師事し、武者小路実篤らとも交流
└椿貞雄、船橋での日々

・船橋の医師一族清川家との縁

・「椿貞雄と清川コレクション」展の見どころ

船橋ゆかりの洋画家・椿貞雄の生涯

岸田劉生に師事し、武者小路実篤らとも交流

椿の画業は、「麗子像」で有名な洋画家・岸田劉生との出会いから始まります。

山形県米沢市で生まれた椿が美術に目覚めたのは長兄の影響でした。

山形で水彩画を制作していましたが、1914(大正3)年、18歳で上京。

この年に岸田劉生の個展を偶然見て衝撃を受け、すぐさま劉生への入門を決意したのです。

劉生を訪ねる際、持参するために制作したのが「自画像」でした。

「自画像」1915(大正4)年 千葉県立美術館蔵
▲「自画像」1915(大正4)年 千葉県立美術館蔵

当時、椿の下宿は岸田劉生の自宅に近く、毎日のように連れ立って写生をしに出掛け、制作に励みました。

美術学校での教育を受けていない椿でしたが、師と仰ぐ劉生をまねることで画家としての実力を磨いていきます。

この頃、椿は劉生を介して武者小路実篤、長與善郎など白樺派の作家たちとも知り合い、親交を深めるようになりました。

後に椿の妻となる隆子は、長與の妻の妹です。

船橋の椿邸にて
▲船橋の椿邸にて「武者小路 中川一政の講演会」記念写真 1948(昭和23)年 船橋市蔵
前列右から中川一政、武者小路実篤、椿朝子、新井庸起子、椿夏子、中列左から椿貞雄、椿隆子、椿晴子、後列左端は清川尚道

 

椿貞雄、船橋での日々

1923(大正12)年には関東大震災が起こり、落ち着くまでの1年間ほど、椿は郷里の米沢で過ごしました。

その間に長女朝子が生まれます。

画家としての生活は苦しく、家族が増えるにつれ定職に就きたいと強く願うようになりました。

転機が訪れたのは1926(大正15)年。

知人の紹介で、船橋尋常高等小学校(現市立船橋小学校)の図画教員として迎え入れられます。

30歳の時でした。

船橋観光協会ポスター
▲「船橋観光協会ポスター」1938(昭和13)年頃 船橋市蔵

ある日の画家の風景
▲「ある日の画家の風景」制作年不詳 船橋市蔵

1929(昭和4)年、岸田劉生が亡くなったことが一つの転機になります。

ヨーロッパ遊学を経て、静物画を細密描写で丹念に描くようになりました。

牡丹図
▲「牡丹図」1931(昭和6)年 船橋市蔵

またこの時期、数多くの富士山の図を制作しています。

その頃に描かれた「赤富士図」は椿から船橋小学校に寄贈され、長い間校長室に飾られていました。

赤富士図
▲「赤富士図」1940(昭和15)年 船橋市蔵

1945(昭和20)年3月の関東大空襲をきっかけに疎開しましたが、1年後、再び船橋に戻ってきます。

この頃になると、実業家などの支援により、画業だけで家族を養えるようになっていました。

船橋のアトリエを拠点に制作した戦後の約10年は、椿の画業の集大成となる充実した時期。

主に、静物画、肖像画、風景画などを制作しています。

1949(昭和24)年に初孫が生まれると、孫の肖像画にのめり込むように。

あふれる愛情を素直に表現した作品群は、晩年の代表作になりました。

彩子像
▲「彩子像Ⅰ」1950(昭和25)年 船橋市蔵

晩年の椿は長崎や鹿児島へ写生旅行に出掛け、大作を残しています。

櫻島初雪
▲「桜島初雪(雪の桜島)」1956(昭和31)年 船橋市蔵

1957(昭和32)年10月、長崎から帰宅した後に病を得て、手術をするも容体は好転せず。

同年12月29日、この世を去りました。

船橋の医師一族清川家と椿の縁

多くの美術品を収集・保存してきた清川家は、三代にわたり船橋で医業を営んだ一族。

1887(明治20)年、初代の清川務が現船橋市本町1丁目付近に病院を開業したのが始まりです。

校医・町医・県医師会役員を歴任し、船橋医師会の初代会長も務めた二代目の清川弘道は、芸術文化に造詣の深い人物でした。

当時船橋市本町に住んでいた椿は、妻が風邪をひいて寝込んだ折、地元で有名な医師だった弘道に往診を頼みます。

その際、椿家の壁に掛かっていた作品「伊豆の風景」が弘道の目に留まりました。

これを気に入って収蔵したことから、清川家による椿作品の収集が始まったのです。

入江
▲「入江(伊豆風景)」1928(昭和3)年 船橋市蔵

三代目の清川尚道は高校生のころ椿に絵を習った間柄。

そのため生涯椿の弟子であり、支援者であり続けました。

1986(昭和61)年、尚道は財団法人清川記念館を設立。

同財団の目的は「日本古来の絵画等の美術品を収集・保存し、かつこれを一般に公開しもって日本古来の美術品の保存と日本文化の発展に寄与する」ことでした。

清川記念館は1997年に閉館。

しかし、その作品群は1999(平成11)年とその翌年にかけて船橋市に寄贈され、「清川コレクション」として収蔵されることになりました。

 

「椿貞雄と清川コレクション」展の見どころ

このたびの展示では、船橋市所蔵作品以外に、個人で所蔵されていた椿作品も出展されています。

中には今回のために特別に貸し出していただいた作品も。

冬瓜図
▲「冬瓜図」1947(昭和22)年 個人蔵

見どころは椿作品が第1作から最晩年の作品まで展示されている点。

暗く思いつめたような背景の自画像に始まり、背景に光が差す晩年の風景画まで、表現力を高めながら成熟していった変遷が分かりやすく鑑賞できます。

椿
▲「椿」制作年不詳 船橋市蔵

今年は「清川コレクション」寄贈から20年。

中心画家である椿貞雄の回顧展であると同時に、清川コレクションに含まれる、椿以外の船橋ゆかりの芸術家の作品も紹介されます。

船橋市の所蔵ということは、すなわち船橋市民の財産。

芸術の秋、これらの作品から、明治から昭和にわたる船橋の美術・芸術活動の豊かさを感じてみてはいかがでしょうか。(取材・執筆/金魚)

令和2年度船橋市所蔵作品展
「椿貞雄と清川コレクション」

会期/2020年12月2日(水)~23日(水)
※会期中無休
午前10時~午後5時
(ただし金曜日は午後7時まで)
入場無料
会場/船橋市民ギャラリー
(船橋市本町2-1-1 船橋スクエア21ビル3階)
問い合わせ/ 047-420-2111
船橋市民ギャラリー

 

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