富里市根木名地区で、全くの異業種から農業に挑戦している齋藤さんを取材しました。

公開 2026/11/07(最終更新 2026/11/06)

ちいき新聞ライター

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ニンジンと衝撃の出合い

生まれも育ちも東京の齋藤研心さん(45)が、富里市の根子名地区に移住したのは3年前の2023年。

それまで都内のIT企業で働いていた齋藤さんは、19年に胸郭出口症候群で倒れました。

20年4月に手術したものの退職。

その後、学生時代の友人の紹介で栄町の野菜農家に遊びに行き、そこで作られたニンジンなどの野菜と衝撃の出合いを経験します。

「野菜を作りたい」と、今まで土に触ったことすらなかった齋藤さんは半年間、成田市の木内農園で農家研修に挑戦しました。

期間中、通りかかった富里市の根木名地区の畑と水田の風景が気に入り、この地に移住することを決めたそうです。

刈り取った稲束の前で笑顔を見せる御稲刈り祭の参加者(左から3人目が齋藤さん)
刈り取った稲束の前で笑顔を見せる御稲刈り祭の参加者(左から3人目が齋藤さん)

新米を味わう「御稲刈り祭」

小雨の中で行われた稲刈り
小雨の中で行われた稲刈り

23年1月に根木名地区に住み始め、農家を一軒一軒訪ね歩き、耕作放棄地2000平方メートルを借りられることに。

やぶや雑草と闘い、水田の土づくり、田植え、稲刈り、収穫。

最初の年の売り上げは15万円ほど。

役所や地域の人からの「遊び半分で農家やっている」という視線を感じながらも毎日毎日泥まみれ。

その懸命な姿は少しずつ理解者や支援者を集めていきました。

稲の刈り方を指導する齋藤さん(右)
稲の刈り方を指導する齋藤さん(右)

現在、齋藤さんが管理する根木名地区の耕作放棄地は1万5000平方メートル。

昨年から始めた「御稲刈り祭」。

第2回は、今年の9月19日に、都内県内から14人が集まり実施されました。

「農業としてはまだまだ。でも、俺が作った米は安全でうまいですよ」と日焼けした笑顔で、炊いたばかりのコシヒカリの新米を差し出してくれました。

(取材・執筆/マット)

健伸農場
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