多忙だった飲食店経営の仕事がコロナ禍で落ち着き、ふと立ち止まって「本当にやりたいことは、なんだろう」と自問。その問いの先に、ずっと気になっていた養蜂がありました。「自分に必要な食料を自分で賄いたかった」。ハチミツはそのひとつの答えでした。
公開 2026/07/06(最終更新 2026/07/01)
野中真規子
人・土地・物語をつなぐ 文化プロデューサー/編集者 イベントやメディアなどのプロデュース、ディレクション、制作を行い、これまで1,500人以上の「豊かで楽しく生きる人」に取材。自己探究の過程で見えてきた、暮らしや意識が変わる瞬間について発信中。https://www.instagram.com/teganumakki/
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ヨーロッパの大自然や我孫子の里山で育った感覚
透き通った琥珀色に、とろっとした舌触り。自然な甘みが、心地よくのどを通り過ぎます。いただいたのは、我孫子市布施で採取されたハチミツです。

白樺養蜂園と市民養蜂園「Hachi Base」の園主である河野洋徳さんが初めて巣箱を置いたのは、自宅の庭でした。
子ども時代を日本のほか韓国やフランスで過ごした河野さん。
フランスでの住まいはパリ近郊の、森と公園が身近にある環境でした。バカンスでは各国の田舎を旅し、自然の中で生きる人たちの暮らしを見てきたといいます。
高校入学のタイミングで帰国、実家のある我孫子市に戻ってきました。

「大学卒業後は東京へ。長く各地を転々としたけれど、子どもの頃の、自然の中でリラックスできる感覚はずっと体に残っていました。大人になってからも、幼少期に自然の中で過ごした体験が、生き方の基盤になっているかもしれません」
結婚して居を我孫子に構え、子どもたちとふるさと公園や手賀沼公園で遊ぶうちに、ここで暮らすことの豊かさを再確認しました。
「我孫子は磁場的に良い場所なのかも。精神のバランスがとれる気がします」
養蜂と狩猟——食料自給という設計図
河野さんは、とくにハチミツが好きというわけではありませんでした。
もともと、興味のあることは全部やってみる性格。さまざまなことにチャレンジしてきた中に、養蜂があったのです。

「生きる力をつけるために、食料自給率を高めたいという気持ちもありました。養蜂をすれば糖分が賄えますよね。あとは生き物、虫も好きなんですよ。狩猟免許も持っていて、下手賀のほうの布瀬の猟区で鴨やキジ、鳩猟もやります。目の前に命がいて、この引き金を引いたら向こうが死ぬと思うと、やっぱり感じるものがありますね。狩猟をする時間帯は日の出のころが多いんですが、真冬で空気が澄んでいる日なんかは、景色も相まって神聖な気持ちになります」
河野さんにとっての自給という哲学は、「節約したい」とか「不便を楽しみたい」という話ではありません。生きる力を自分の手の中に持ちたい、という切実さです。
「食べるものを誰かに全部頼って生きていくことへの、ある種の怖さがあります。養蜂も狩猟も、その怖さへの答えのひとつかもしれません」
ミツバチの生態と、国産生ハチミツの希少性
河野さんが飼うのは日本ミツバチと西洋ミツバチです。
日本ミツバチは姿がころんとしていて愛らしく、よほど刺激しなければ刺すことも稀です。野生性が強く、巣箱に入っても基本的に放っておけるそう。


彼らの暮らしは、知れば知るほど精緻です。外勤蜂が野山から蜜を持ち帰り、内勤蜂に口移しで渡すと、巣房に充填された蜜は、羽で送風されて水分が飛び、糖度78〜79に達すると蜜蓋で封じられます。そうして完成したハチミツは、カビも雑菌も寄せ付けない完全な保存食となります。
春になると、群れは分蜂します。新しい女王蜂が育つと、古い女王蜂を中心に蜂の半数が巣を離れ、安全な居場所を子孫に残すのです。分蜂した集団は、近くの木の枝などに一時的に集まって休憩してから、新しい巣へ移っていきます。
「ミツバチを見ていると、コミュニティ全体で一つの生命体、という感じがするんです」と河野さん。

冬の間、ミツバチは巣の中で筋肉を震わせて熱をつくり、巣内温度を約37度に保ちます。ほとんど動かず、秋までに蓄えた蜜を食べながら越冬するのです。
「貯蜜が尽きると群は死にます。だからタイミングを見てハチミツを採取しますが、採りすぎてはいけない。その加減が、養蜂の難しさでもあるんです」
一方、西洋ミツバチは家畜に近い存在。放置すると全滅のリスクがあり、こまめな世話が必要ですが、採蜜量は日本ミツバチの5〜10倍にのぼります。
ただし、いずれのハチミツも市場での単価は低く、ビジネスが簡単でないことを、河野さんは数字で語ります。
「日本ミツバチで年間5キロ採れたとして、グラム20円で売っても10万円。養蜂一本で食べていくのは、なかなか難しいんです」

日本で広く市販されているのは中国産のハチミツ。大量生産品の多くは加熱処理され、酵素やビタミンが失われるそうです。一方で河野さんが扱う国産生ハチミツは、非加熱、無添加。
「酵素やビタミンが残り、少量でも甘さが強い。体への入り方が、やっぱり違うんです」
「自分が本当にしたいことを」――49歳の舵切り
河野さんは大学卒業後、飲食店チェーンに勤めました。もともと独立思考が強く、チェーン店の入社面接でも「社長になりたい」と話していたと言います。経営現場で数字と人を動かす経験を積み、新規事業の立ち上げにも関わりました。

31歳で組織を飛び出し、旧知の先輩が営むカフェの経営改善に関わるうちに、日本橋室町の抹茶カフェを買収、独立起業して会社を設立。立ち飲み屋やラーメン屋のFC展開、月島のもんじゃ焼きの業務委託と多店舗展開も行い、飲食業のあらゆる形を経験しました。
多忙な時期に、「自分がやりたい仕事をしているのか、ずっと問い続けていた」と河野さん。コロナで飲食が止まったとき、その問いが一気に表面に出ました。
「やりたくない仕事をこれ以上続けるか、やりたい仕事でのびのびと楽しく過ごすのか。人生の最後のとき、どっちを選べば嬉しいのかな、と考えたんです」。答えは、すでに出ていました。
実は養蜂との縁は、もう少し前からありました。「養蜂家が営むパンケーキ屋をやりたい」と構想し、他の養蜂家に協業を打診して、断られたときに「ならば自分で養蜂をやればいい」と思ったそうです。その種が、コロナ禍に芽を出しました。
背中を押したのは、年齢もありました。

「49歳。時間に限りがある、と強く感じるようになり、5人の子どもたちと過ごす時間を取り戻したかったというのもあります。勝算なんてなかったけど、振り切ったって感じですね」
養蜂家へと転身することを決め、庭の巣箱はいつの間にか増えて、ミツバチが入りきらなくなるほどになりました。
愛らしく、生態系を支えるミツバチに触れる「市民養蜂園」という構想
河野さんは、昨年末から市民養蜂園「Hachi Base」という場の立ち上げをしてきました。
いわば市民農園の養蜂版。市の紹介で布施にある土地を借り、養蜂をやってみたい人のために場所を貸し、巣箱の設置から群の確保、技術的なアドバイスまでを提供しようというものです。

「場所はあっても、ただ巣箱を置いたら蜂が入ってくる、というものではなく、設置環境や方向なども重要です。興味があれば、まずは気軽に見にきて欲しいですね」
ミツバチは植物の受粉を担いながら生態系を支え、ミツバチがいなくなると人間も滅びる、と言われるくらい、私たちの生活になくてはならない存在です。
「日本ミツバチっておとなしいんですよ。海外ではアピセラピーといって、ミツバチの巣の中の空気を吸うとか。蜂毒を化粧品に入れるなどの取り組みもある。そんなことしなくても、ただ眺めてても癒される。めったに刺されることはありませんし、怖いものじゃない、と知ってほしいです」

今後はここでしかできない養蜂体験や、ハチミツを使った新しい提案をしていきたいと言います。
「中が見られるようなアクリルの巣箱を設置したいですね。海外では店頭で巣蜜をその場で切り売りしているところもある。日本では難しいですが、ハチミツを今までとちょっと違う提案の仕方をしたいんですよね。この土地では、みかんやブルーベリーの果樹も育てています。夏にはパパイヤも植えてみたい。花が咲けば、ミツバチの蜜源になります」
夢は「一家に一巣箱」だそう。
「分蜂したミツバチは、行き場所がなければスズメバチに襲われたり、人間の手で駆除されることもあります。分蜂時の飛翔距離と言われる100メートル単位で巣箱が並ぶ地域ができれば、群の受け皿が増え、営巣場所を見つけられないリスクも減らせて、地域の生態系も豊かになるはず。家ごとに年間5キロほどの自家製ハチミツが採れる可能性もあります」
河野さんの自給の設計図は、少しずつ、この地に根ざしています。

白樺養蜂園 Hachi Base
住所/ 千葉県我孫子市布施2725-2
営業時間 要問い合わせ
駐車場/あり(5台)
アクセス/JR我孫子駅より車で12分、あびバス「土谷津入口」より徒歩1分(あけぼの山農業公園近く)
Instagram/@abiko__apiary
@hachi_base
問い合わせ
電話番号/090-9855-9957