銚子から江戸へ魚を運んだ「鮮魚(なま)街道」。戦後の区画整理で消えた松戸市内の幻の1kmを、地元の歴史愛好家団体「金ケ作陣屋(かねがさくじんや)研究会」が独自の調査で解明しました。
公開 2026/08/10(最終更新 2026/08/06)
小島明宏
柏市在住。四季折々の季節の良さを探し歩いたり、地域の歴史的な名所・史跡を訪れたりするのが好きです。地域活動をいくつかやっています。農園を借りて野菜や花を育てています。Instagram/@koji_koji_39
記事一覧へ開発の歴史に埋もれた鮮魚街道の謎

鮮魚街道は、銚子沖で獲れた新鮮な魚介類を、わずか2日足らずという驚異的な早さで江戸・日本橋の魚河岸へと陸送した、いわば「江戸時代の超特急物流ルート」です。
しかし、松戸市内の門前公園(京成松戸線八柱駅付近)から、湧き水で知られる「子和清水(こわしみず)」までの約1km区間は、正確なルートが分からない歴史の空白地帯となっていました。
昭和30年代以降に進められた、常盤平などの大規模な土地区画整理事業により、かつての古い道筋が跡形もなく消滅してしまったためです。
これまで設置されていた行政の案内標柱や大手地図アプリの表示さえも、実は間違った場所を示している状態でした。
この歴史の謎の解明に挑んだのが、市内を拠点に活動する民間の郷土史研究団体「金ケ作陣屋研究会」。
江戸幕府が設置した金ケ作陣屋の調査をはじめ、地域の歴史や文化を正しく後世に伝える活動を続けています。
執念の資料探しが解いた50年の空白

同会が幻のルート特定に乗り出したのは2024年。
当初は古い地図を手がかりに探したものの行き詰まったため、視点を変えて「過去の土地区画整理事業の記録」へと調査の網を広げました。
これが大きな突破口となります。
地元の図書館や行政資料室へ何度も足を運び、根気強く探索を続けた結果、当時の『事業完了記念誌』を発見。
その内部に、開発前の元々の道筋や地形が詳細に記録された縮尺地図が奇跡的に残されているのを見つけ出したのです。
この貴重な古地図を現在の白地図と緻密に照合・検証した結果、今年ついに正確なルートの完全特定に至りました。
同会は「半世紀以上埋もれていた歴史事実を解明できた。100年先の子どもたちに、地域の正しい歴史をつなぎたい」と話しており、この成果を反映した新たな本の出版も計画しています。
問い合わせ
電話番号/090-9971-0737
メール/koyama1441centech@gmail.com
金ケ作陣屋研究会 小山