訪れた国や地域90以上、海外への旅は236回。旅行作家の秋山秀一さんが、自身で撮影した写真とともに、世界の街を歩いた思い出をつづります。

旅行作家、元東京成徳大学教授、NHK文化センター講師。日本エッセイスト・クラブ常務理事、日本旅行作家協会会員、日本外国特派員協会会員。『鎌ケ谷 まち歩きの楽しみ』『世界観光事情 まち歩きの楽しみ』『ウクライナとモルドバ』『旅にでる、エッセイを書く』など著書多数。鎌ケ谷市在住。鎌ケ谷市国際交流協会(KIFA)会長、鎌ケ谷市都市計画審議会会長。
公開 2026/07/25(最終更新 2026/07/06)
岩山に築かれた巨大な要塞都市
ペトラは、死海の南約120kmの盆地に遊牧民ナバテア人が築いた都市。
ナバテア人は、巨大な砂岩の岩山を刻んで建物を造り、砂漠の町に水を供給する水利技術を持っていた。
交易路の要所で、岩山に守られた要塞都市でもあったペトラは、紀元前1世紀頃から栄えはじめ、1世紀初頭に最盛期を迎えた。
ペトラ遺跡の入口から歩き始めると、左手に、「オベリスクの墓」と「バーブ・アッシーク・トリクリニウム」がある。

その先へ進むと古代ペトラの主要な交通路だった長さ約1.2kmの狭い岩山の渓谷「シーク」の入口が見えてくる。

シーク内を歩きながら、道の両側に残る水路網などの遺構の写真を撮った。


遺跡を歩き古代にタイムトリップ
シークを抜けると、広場に出る。
正面に現れるのがペトラのハイライト、「エル・ハズネ(宝物殿)」である。


さらに奥へと「ファサード通り」を歩いていく。

ローマ円形劇場を左に見て、右側の崖道を上っていく。

壁面に掘られた南北に連なる王家の墓の岩窟建築群を見学。

その後、崖に沿った道を歩き、東西に延びる「柱廊通り」の西の端、凱旋門へ向かう。


通りに面して南側にはペトラで最も規模の大きかった建造物跡「大神殿」がある。

その右側には、ペトラで最も重要な神殿といわれる「カスル・アル・ビント」が建っている。

この後、ここから往復約2時間、不揃いで段差のある急な石段約800段を上り、ペトラ遺跡の最奥地「エド・ディル(修道院)」まで歩いた。

(文・写真/秋山秀一)